サリアの災いを呼ぶ姫 63

「なんと美しい神様だろうねぇ。そりゃあディアナの人もこの神様を誇るはずだねぇ」


「神々はどの神も美しいけれど、レーヴェ神は本当に美しい。フェリス王子はその方にそっくりだって言うんだから、きっと御先祖の御加護がたくさんあるよねぇ」


サリアのレーヴェ神殿は時ならぬ盛況で、拝観希望の人々の対応に追われていた。


「レーヴェ神様。御供え、何がお好きかわからなかったから、うちの店のパンなんですけど、こんなものですみません」


「ディアナの神様。御怒りにならないで、私達の小さいレティシア姫をお守りください。うちの王妃がなんかわけのわからないことを言ってきても、お気になさらず……」


レーヴェ神殿を埋めているのは、サリア王都のごく庶民的な人々だ。


「フェリス様!  お久しぶりでございます。レティシア姫、この度は御結婚おめでとうございます」


「ラーナ。レーヴェの神像が泣いてるって……? 随分、人が多いね」


レーヴェ神殿に降下すると、フェリス様が魔法で知らせてたのか、白い衣装の神官が迎えてくれた。


「レーヴェ様の落涙の理由は私共にもわかりませんが、参拝の方々は、御二人の御結婚のお祝いにいらっしゃってるんですよ。フェリス様がレティシア様の愛馬を迎えにいらしたとの号外がサリアに廻りまして、老若男女いろいろな方が、レーヴェ様にレティシア姫の幸福を祈りにいらっしゃるんです。レティシア姫は民にとても慕われておいでで……」


「私の幸福を……?」


レティシアは驚いて、神官の言葉をオウム返した。王の娘と生まれたのに、他の人にはない転生の記憶もあったのに、疫病からレティシアは誰も救えなかったのに? 幸せを祈ってもらえるほどのことは、何もできなかったのに?


「皆様、サリアの大事な幼い姫を一人、お嫁にだしたのが心配だったようで……」


「竜の国の竜神似の変人王弟に、レティシアが食われるんじゃないかと心配して?」


「レーヴェ様似の優しいフェリス殿下に大切にされてらっしゃると知り、皆様、お喜びで参拝してくださるのです。私共も誇らしゅうございます。フェリス様、絵姿、販売してはいけませんか?」


「何故、レーヴェ神殿で僕の絵姿を……」


フェリス様がにんじん料理の山に落ちたみたいな顔をされてる。可愛い! 可愛いのー!


「頼まれるのです、皆様に。あまりにも頼まれるので、ディアナにお願いしようと思っていたところです。レーヴェ神の絵姿とともに、フェリス殿下とレティシア姫の御結婚お祝いの御姿も欲しいと皆様が……」


「ああ、レティシアと一緒なら……」


そうか。そういうことなら、とフェリス様が表情を和らげる。


「きっと皆様、フェリス様のお一人の御姿、ぜったいに欲しいと思います!」


レティシアは熱く推した。いえ結婚お祝いの二人の絵を欲しがって頂けるのは嬉しいんだけど、きっとみんな単品フェリス様も御所望のはず……!


「レティシア姫。あの壁に展示しております御二人の御姿が、いまサリア中で人気なのです。……ですので、フェリス様、きちんと公式の御二人の絵姿をお出ししないと、こののち粗製乱造されるのではと……」


「フェリス様とサイファと私……!」


わー。なんて幸せそうなお姫様。誰なのあれ。誰? 私? 私なの?


「何と言っても、御婚礼前のレティシア姫の絵姿がこちらの少し寂し気な御様子のものでしたので……サリアの民の喜びのたかまりようときましたら……」


サイファの馬上で微笑うフェリスとレティシアの絵の隣に、輿入れの折の表情のない人形のようなレティシアの絵姿が飾られている。


「それなのに、悪い占い師のせいで、レティシア姫の花嫁交換の話など出ているそうで、王宮に抗議に行こうかと話す男衆もいるくらいで……ディアナの花嫁にそのような不運は起こりえません、そのような無作法はレーヴェ様がお許しになりませんから、少々お待ちを、と人々を宥めております」


「不快な話はいま片付けてきたよ。レティシアの婚姻に何も悪いことは起きないから、皆に安心するように伝えて」


「それは、よろしゅうございました、フェリス様。レティシア姫、サリアの皆様が毎日、このレーヴェ神殿で、遠くにいらっしゃるレティシア姫の幸せを祈ってらっしゃいますよ。フェリス様は照れ屋で不器用な御方ですが、とてもお優しい御方です。安心して、どうぞご存分に甘えて差し上げて下さいませ」


「………はいっ!」


叔父様にフェリス様を化け物みたいな顔で見られた後だから、この竜王陛下の神官さんの優しい御言葉が染みわたるーっ。


そうなの、フェリス様は優しい方なの!


そうですよねって、この方と肩を組みたいくらいだわー背丈が違いすぎだけど。


レティシアの幸せを祈ってくれてると言われて、礼拝堂のたくさんの人々を見下ろすと、素朴な顔のパン屋や魚屋の人々が、それぞれ自分の店の自慢の品を、レーヴェ神に供えてる。


ありがとう。お話したこともない、優しい人たち。


サリアの誰も祝ってくれないと想ってたレティシアの結婚を祝ってくれて。


遠くにいってしまったのに、レティシアの心配をしてくれて。


いまのこの感謝の気持ちを忘れないで、がんばるね。


まだまだ何も出来ないけど。


フェリス様に習って、いっぱいお勉強して、叔父様たちに嫌がられない程度に、ちょっとはサリアやディアナやシュヴァリエの役に立てるような大人になるからね……!

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