サリアの災いを呼ぶ姫 53

「母様の薔薇が……」


もうレティシアの母様の薔薇ではない。イザベラの庭であり、イザベラの薔薇だ。


でも、この庭には幸せなレティシアの記憶が棲んでいる。


母様と父様と優しい周囲の人たちと、この世の幸せしか知らなかった、小さなサリアの王女が棲んでいる。


「レティシアの母様の薔薇なの?」


「あ……ここは、サリアの王妃の庭なので……」


フェリスの問いにレティシアが答える。


(お帰り、レティシア)


(お帰り、私達の愛しい娘)


(私達の薔薇の姫。ここはあなたの生まれた家)


(私達はあなたの味方。あなたはずっと私達の愛しい娘)


(ねぇ、レティシアが来るんなら、枯れるんじゃなかったわ。イザベラに天罰と想って、怒りに任せて、みんなで枯れちゃったわ)


(誰か咲けないの? ソフィアの薔薇がないって、ちいさなレティシアが泣いちゃうじゃない)


(無理よ、フェリス、何とかしてくれないかしら……偉大なるディアナの若き竜よ、力を貸して……)


「え……?」


薔薇の庭が、サリアを出た時より、ずっとにぎやかだ。

姿もないのに、たくさん、誰かの声がする。


「レーヴェ……いや、精霊さんが言ってたけど、サリアの使者が、私達の薔薇の姫レティシアを泣かせてるって、うちの薔薇が伝令送ったんだって。それで、サリア王妃の庭の薔薇たち、怒ってみんな枯れちゃったんだって」


「……!? 私が泣いたごときで、枯れてはダメです! 薔薇さんたちの命のほうが大事です!」


「薔薇の姫のレティシアが、咲いて、て言ったら、咲けるかも?」


「私が……? いえ、フェリス様、私にそんな力は……」


名ばかりの成りたての薔薇の姫だ。とてもそんな魔力はない。


(まあ、ディアナの氷の仔竜はあんな顔もできたのねぇ)


(レーヴェそっくりね。凄いのに見込まれたわねぇ、レティシア)


(でもウォルフの眼は正しいわ。あのレーヴェそっくりの竜はきっと、天地のことわりを曲げてても、私達のレティシアを護るわ。安心よ)


(レティシア、とても顔色がよくなったわ、よかった……)


それでも、ダメ元で試してみるべきかも。


雨に濡れた枯れ果てた無残な薔薇たちから、精霊さんと話してるときのような、優しい気配が伝わってくる。


「一番美しかったこの庭を、心に描いて、望んでみて、レティシア?」


「……はい」


耳元で囁いてくれるフェリス様の声は、優しい魔法の先生のよう。


「……薔薇の花よ、巡りくるいつもの春のごとく、美しく咲いて」


ぽーん、と薔薇の蕾が弾ける音がした。


歓びの音。癒しと再生の音。


失われては、また巡りくる生命の息吹の柔らかな音。


「母様の愛した庭の子たち、私にたくさんの幸せをくれた花たち、どうか枯れないで、咲いて」


熱い。フェリス様と触れ合ってる腕や背中が熱い。フェリス様が力を足してくれてるのかな?


(再生の呪文だわ)


(まあ、ちいさなレティシア凄い。咲けるわ)


(イザベラへの懲らしめ大丈夫かしら? ああでも、春の薔薇の姫の望みに逆らえないわ)


(凄い、この若い竜にも、再生の力が……)


「きゃー! フェリス様、咲きました! 花が、薔薇が……!」


ざざざ、と時を戻すかのように、庭がいっきに、春の盛りの様子を見せ始める。


枯れ果てて、死体のようだった薔薇たちが、青々とした葉を取り戻し、蕾をつけ、花びらを形成していく。


「うん。彼女たちの愛しの薔薇の姫のお願いだからね」


「嬉しいです! 母様の……いえ、叔母様の薔薇ですが、王妃の庭の薔薇が元気になって!」


薔薇が在りし日の姿を取り戻し、赤、白、ピンク、黄、と色とりどりに美しく庭を埋めていくと、優しい声が聞こえそうになる。


(レティシア、お帰りなさい。ホントにその美しい方が、私の小さなレティシアの婚約者なの? ホントに?)


と母様が、回廊の先で驚いて笑っているようだ。


(ただいま、母様!  

自慢の推しのフェリス様なの。凄く凄く優しい方なんだよ)

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