サリアの災いを呼ぶ姫 54
「ああ王妃様がお呼びだわ」
「行かなきゃ。また怒られるの嫌ねぇ」
はあ、と溜息をつきながら王妃宮の侍女たちは回廊を歩く。
「何をお持ちするの?」
「薔薇水よ。フェリス殿下から、サイファのことで頂いた」
「それ、ホントは皆様に、て頂いたの、王妃様が、独り占めしちゃったのよね」
「そうそう。いい香りよね。イザベラ様がお気に入りだから、私達の口には入りそうもないけど……仕方ないわ。フェリス殿下の御郷の薔薇の香水や薔薇の化粧水、すごく高価なんですって」
「レティシア様は、運をお持ちよねぇ。あんな若くて美男の御夫君、そりゃ、イザベラ様もお妬きに……でもレティシア様とアドリアナ様は御性質が違うから、フェリス殿下がどう仰るか……」
「アドリアナ様は、普通の十二歳のお姫様ですものね。レティシア様みたいに、御顔は可愛いらしいけど、大人みたいなお話されたり、教えられてもいない字を読むような方では……」
「ねぇ、あそこにレティシア様とフェリス殿下に似た御二人が……、薔薇が!」
「何よ、今度は、薔薇が凍り付きでもした? これ以上、枯れようもな……ええ!!」
春なのに枯れ果てて冬の顔を呈していた王妃宮の庭の薔薇たちが、いっせいに緑の葉を延ばし、蕾をつけ、その蕾が開いて、盛りの薔薇となる。何やら時が巻き戻されていくように。
雨がひどく降っているのに、王妃の庭だけが、やわらかな春の陽光を取り戻して、花を咲かせている。
「……フェリス殿下。レティシア姫様……ようこそサリアへ」
レティシアとフェリスを見つけて、侍女たちは慌ててお辞儀をする。
「あ、あの、もしや、フェリス殿下が魔法でこの薔薇、戻してくださったのですか?」
本来、何事も静かに見守ることが仕事なので、こんな不躾な質問を侍女はしないが、さすがに生まれ初めて、枯れ果てた庭が目の前で復元していくところを目にして、動揺を隠せない。
レティシア姫の婚約者は魔法の国の王子様、とは、いまやサリアの子供でも知っている。
「いや、僕ではなくて、これはレティシアの魔法だよ」
「あ。あの、たぶん、フェリス様がたくさん手伝って下さったんだと……」
レティシア姫は、足が疲れているのか、ディアナの王子の腕に抱きあげられている。
まるで最初からそこが居場所だったかのように絵になる二人で、これは王妃様の花嫁交換計画も無理そうだと侍女たちも思ってしまった。
「姫様もディアナで魔法をお学びに?」
「レティシアはとても魔力が高いからね。ディアナの妃としては理想的だ」
「フェリス様……」
レティシア姫は困っている。ただ、困っていても、サリアにいた頃の哀しい影がない。
婚約者であり、兄のような存在でもあるフェリスの褒めように戸惑っているだけのようだ。
「こんなに見事に王妃宮の薔薇が咲いたのは、ソフィア様がお元気だった頃以来ですね」
「しっ。怒られちゃうわよ、イザベラ様に。……殿下、姫様、いま王妃様に御二人のおいでを……」
「いや。王妃様とはもうお逢いしたんだ。何か占いの見立て間違いがあったようで、僕は大切なレティシアを奪われぬよう、間違った占いで我が妃の名誉が汚されぬよう、お願いに来たんだ。イザベラ妃とのお話はすんだし、もう失礼するよ。美しい薔薇を見せて頂いた」
王妃宮の侍女たちは、優しい声で話す美貌の王子に緊張しながら、それは……またさらにイザベラ様は荒れそうだ、いまから御機嫌伺いに行くのは前途多難過ぎる、と二人して心で嘆いていた。
アドリアナ姫が、アレクっていつも苛めてるくせにレティシアのこと好きなのよ、馬っ鹿みたいじゃない? だから私がフェリス様の花嫁になって、レティシアがサリアに帰ってきたら、きっと喜ぶわ、と言っていたのだが、とてもではないがうちの幼いアレク殿下が、十七歳とは思えぬこの優雅なディアナの王弟殿下にかなうとは思えなかった。
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