サリアの災いを呼ぶ姫 51

(フェリス様が、何処かにいってしまいそうで。……何処にも、行かないで下さい)


(人間は壊れやすいからな、そっとしなきゃダメだぞ)


レーヴェの声とともに、優しいレティシアの声がフェリスの耳に蘇る。


ああ、悪役顔になっていたろうか。


だいぶ怯えてくれたようだし、手紙を頂いて、早く帰ろう。


僕の姫の下に。


優しい夢を見るように、呪文をかけてきたけれど、怖い夢を見て、一人で怖がっていたらいけない。


フェリスの腕が、レティシアの感触を覚えている。


レティシアは優しくて、柔らかくて、儚い。


何か他愛ないことで、フェリスの腕の中から失われてしまいそうで、とても怖い。


「……え? あれ? フェリス様? ドラゴンさんは?」


腕の中をつい見下ろしていたら、レティシアがフェリスの腕の中に現れた。


「レティシア……?」


「あれ? あれ? フェリス様。ここ、どうして壊れて、雨が……濡れてしまいます」


「レティシア。おうちで眠ってると……」


レーヴェなのか? 


こんなところにレティシアを……あぶない……。


「はい。あの、いえ、夢で、金色のドラゴンさんと……お、叔母様!?」


レティシアは震えるイザベラに気づいて驚いている。


「あの。どうしてサリアにいるのかわかりませんが、叔母様、私、申し上げたいことが……」


「な、何なの、あなた、何処から……!」


イザベラはレティシアの出現に驚いていたが、一人でフェリスに追い詰められてるよりは、それでも、ましかもしれない。レティシアがいないと、愚かなサリア王家へのフェリスの腹立ちが収まらなくて、悪い気が増してしまう。


「叔母様。どうかお願いです。私、花嫁、交換されたくないです。私もフェリス様もアドリアナも、取替のきくモノではないのです。花嫁の交換というのが、そもそも奇妙です。……フェリス様、あのちょっと、叔母様と御話するのに、私を降ろして頂いて」


いけない、フェリス様の腕の中からこんなこと言ってては、地面におりてお話しなくては、と、レティシアはフェリスにお願いする。


「ダメだよ、レティシア。ここは危ないから、降ろせない」


「え? 危なくはないと……」


「御立派な婚約者のおかげで、レティシアは随分と偉くなったのね」


イザベラがそう言った途端に、落ち着きかけた雷鳴がひどくなり、部屋の灯りであるシャンデリアが落ちて、硝子の破片が粉々に飛び散った。


「きゃ……! 叔母様、フェリス様、大丈夫ですか!?」


「……僕は大丈夫」


この状況でフェリスの心配をしてくれる愛しいレティシアは、鈍いのか鋭いのかわからない。


でも、そこは鈍いのも、ちょっと、有難い。


「叔母様。私は偉くなってませんが、フェリス様が大好きなので、もし私でない花嫁をお選びになるなら、フェリス様が心から愛する方を選んで頂きたいのです。申し訳ありませんが、私の大切なフェリス様に、我が従妹アドリアナを私は推薦できません」


「また僕を離縁しようとする、レティシア、ひどいよ」


フェリスは、微笑を堪えながら、レティシアの右手にキスをした。


レティシアの指には、フェリス様の瞳の色、とレティシアがはしゃいだサファイヤが嵌められている。


「……何が愛よ! いい加減にしなさいよ、王族の婚姻よ! 愛なんてあるわけないじゃないの!」


断末魔のようにイザベラが叫んでいる。


「そんなことはありませんよ。僕のレティシアはすぐ僕を離縁しようとしますが、僕はレティシアをこの世の何よりも愛しく思っていますから。さあ、帰ろう、レティシア。レティシアくらいの小さい子はもう眠る時間だ」


「小さくありませんし、私のほうがフェリス様をお慕いしてます! ……だから、叔母様にもアドリアナにも、フェリス様に触れて欲しくありません! フェリス様の悩みを増やしたくないので……!」


「……この小娘………!」


「イザベラ。さっきお願いしましたね。二度と僕の妃を傷つけたら、許さないと」


ひっとイザベラの喉が鳴る。


骨ばった白い王妃の喉には、紅玉の首飾りが騒ぎに浮かれてきらきらと輝いている。


激しい雨の音がする。悲鳴のような風の音がする。


それはお願いじゃなくて命令と言うんじゃないか? とレーヴェが笑う、きっと。


「ミゲルも占いは嘘だったと申しました。レティシアは災いの姫ではないと真実を話して、ディアナへの手紙を書いて下さい」


ペンと紙を、フェリスは魔法で、イザベラの前に静かにおいた。


早くシュヴァリエの部屋に帰って、レティシアと二人で、ホットチョコレートが飲みたい。




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