サリアの災いを呼ぶ姫 49
「……薬はまだなの! ミゲルは何処に行ったの! 灯りを持ちなさい!」
イザベラは椅子の背に凭れて震えていた。
季節外れの嵐がサリアにやってきて、イザベラは頭が割れるように痛い。
天候が崩れると、頭痛を起こしやすいイザベラを気遣う人はもう何処にもいない。
夫であり、サリア王でもあるネイサンはイザベラの頭痛など気にも留めたことがない。
(大丈夫? イザベラ。早く嵐が去ってくれますように! 私、お祈りするわ……!)
(ソフィア。そんなんじゃ嵐は去らないわよ、お馬鹿さんね……)
(でもお祈りしなきゃ! イザベラが痛いの可哀想だもの)
みんなに比較されまくる前は、イザベラは優しい性格のレティシアの母ソフィアが好きだった。
ソフィアは奢らない、気の優しい娘だったから。
でも、あのソフィアの娘は、小さいのに本を抱えて賢し気なことばかり言う不気味な娘で、少しもソフィアに似ていない……。
どうして優しいソフィアが死んで、あの娘だけが……。
「ミゲルは参りません」
雷鳴とともに、闇の中に、声が響いた。
「な、なにも……ま、まあ、フェリス殿下!」
ああ、美しい優しいフェリス殿下だ。
きっと、レーヴェ神殿とディアナ魔法省からの無礼な手紙は間違いだと、レティシアでなく、アドリアナを妻にすると、伝えにここにいらして下さったのだ……。
「ミゲルはあなたに命じられて嘘の占いをしたと教えてくれました」
雷がやまない。
しかも、まるで、イザベラの上に落ちてきそうに音が近い。
「私の婚約者、レーヴェの娘、ディアナの王弟妃、私の大切なレティシアに、あなたの望みで、いわれもなき災いの姫と汚名を着せたと」
あの臆病者の占い師め、何を言ったの、いったい。
「で、殿下、な、なにを仰いますやら、……」
怖い。
暗闇の中に浮かび上がるフェリスの美貌は、先日、レティシアを連れていた時の優し気なものではない。
異国の神殿の神の彫像のごとく冷たくて遠い。
何より、イザベラを虜にしたあの慈愛に満ちた微笑みがない。
見たこともないような美貌なのは変わらないが、レティシアを気遣っていた時と違い、整いすぎて、人間味がない。
「イザベラ殿から、我が妃レティシアへ謝罪の手紙を頂きたい。此度のことも、これまでの数々のレティシアへの根も葉もない中傷も。我が姫への侮辱は、この私への侮辱と心得る」
「………! で、殿下、わたくしは、けっして……!」
紅玉の首飾りが重たい。まるで罪人の鎖のようだ。
そして、まるで、水の中で溺れている人のように、イザベラは息が苦しい。
頭が重くて、頭があげていられない。
「きゃあああ……!」
雷が落ちた音がする。
こんなときに、どうして侍女は一人も飛んで来ないのだ。
レーヴェ神の呪いだなんだとおかしなことばかり言って。
後で、みんな、みんな、首にしてやる。
刃のような雨と風が、イザベラのいる室の窓を破壊していく。
こんなに、雨風が吹き込んで来るのに、この人でないように美しい王子は何故、平然としているの。
「王妃の部屋なのに、ここには結界も張られていないのが、ディアナの感覚からすると、少し不思議ですね」
フェリスの冷たい碧い瞳が、何か奇妙なものでも見るように、怯えるサリア王妃イザベラの姿を写していた。
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