第350話 サリアの災いを呼ぶ姫 47
「花嫁交換が成立すれば、レティシアはサリアに帰って来るわよ」
アレクは王太子宮に戻って、姉の言葉を思い出していた。
「馬鹿馬鹿しい……」
帰って来たら、何だと言うのだ。
レティシアはどうせ自分の宮に引き籠って暗い顔をして暮らして、ろくにアレクと口も効かず、また適当な他国の王子のもとへでも嫁に行くんだろう。
「………こんな笑顔、僕は見たことないぞ」
サイドテーブルの上には、サリア王都で出回っているレティシア達の絵姿がある。
レティシアがディアナ王弟の腕に抱かれて、サイファの馬上で、花が零れるように笑っている。
噂の婚約者を見上げるレティシアの琥珀の瞳は、信頼と安心に満ちている。
従妹の両親が世を去ってから、ついぞ見られなかった輝く琥珀の瞳だ。
ディアナ王弟は、金の髪に碧い瞳にすらりとした体躯の、それこそ絵に書いたような美貌の王子だ。
レティシアどころか、サリア王妃の母や、貴公子なぞ褒めたこともない姉アドリアナまでこの男に夢中だ。
十七歳のフェリスは、ディアナの守護神レーヴェの美貌を現世に再現した姿で、各国の姫君方の心を捉えていたが、色恋にいっさい興味のない男で、ディアナの王太后に奨められるままに、レティシアとの婚約を承けたと言う。
「何が、引き籠りの、醜い、変人王弟だ」
富める国とは言い難いサリアの、いわくつきの先王の姫レティシアを貰うくらいだから、ディアナ王弟なのに、ほかには花嫁の来ない惨めな男なのだと思っていた。
アレクは、ディアナ王弟が嫌な奴で、レティシアがそいつを好きにならなければいいと思っていた。
遠くに嫁に行く可愛くないレティシアだが、誰かよその男のものになるのはイヤだと思っていた。
(おまえなんか愛されるはずがない!)
呪いのような言葉を、嫁入り前のレティシアに投げたけれど、怒ったレティシアに睨まれた。
一度くらい、泣いてアレクに助けを求めればよかった。
ふわふわとした見かけのわりに、ずいぶんと強情な従妹はアレクに泣き顔など見せなかった。
アレクなど、レティシアにとっては、わざわざ迎えに来た愛馬のサイファ以下の存在だった。
(サイファが聞いていたら、当然だろうに、普段の親しさからいって、とサリアの王太子を馬鹿にして、勝ち誇って、自慢げに鼻を鳴らしただろう)
「レーヴェ神がレティシアを気に入って、返さないってなんだよ」
王宮の者達まで、この季節外れのひどい嵐はディアナのレーヴェ神のお怒り、レーヴェ神はレティシア姫をサリアに帰す事を望んでない、とまことしやかに噂している。
「何でそいつの隣で笑ってるんだ、レティシア。おまえはサリアの姫だろう?」
衝動的に、アレクは、レティシアとフェリスの絵姿を半分に引き裂いた。
絵の中のレティシアの笑顔すら、フェリスのものなのが腹立たしくて。
「王太子殿下……! 落雷が……! 御無事ですか!」
絵を引き裂いたとたんに、大きな雷の音がして、王太子宮に落ちた訳ではないが、
まるでアレクは自分の悪戯を怒られたような気分になった。
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