第349話 サリアの災いを呼ぶ姫 46
「レティシア姫はさぞ……私をお怨みでしょうね」
怯えたミゲルがそう言うと、フェリスは不思議そうな顔をした。
無論、レティシア姫に怨まれて当然だ。
イザベラに命じられたとはいえ、ミゲルの言葉が、幼いレティシアのサリア宮廷での暮らしを破壊していったのだ。
そして、レティシアは初恋も知らぬまま十二歳も年上の男のもとに嫁ぎ、いままたミゲルの占いで花嫁交換の話が持ち上がっていた。
いままでと違うのは、ことはサリア宮廷の中だけの話でなくなり、このディアナの神と同じ顔の男が、空間を歪ませるほど、サリアの嘘に怒っていることだ。
「僕のレティシアは、小さいのに僕より大人だから、王妃に命じられて逆らえない男なぞ怨んではいないよ?」
「……え……」
「レティシアは、人は、大きな力には逆らいがたいものです、と言っていた」
「……姫様……」
「そなたを怨んでいるのではなく、ただ、自分は呪われていると言われても仕方ない。僕のところにいたいけど、もしも僕やディアナに災いをなすならここを離れなければ、と泣いていた」
「……レティシアさま……」
琥珀色の瞳で、哀しそうに、ミゲルを見上げていたレティシア姫を覚えている。
申し訳なくて、辛いので、思い出さないようにしていた。
「僕がここにいるのは、レティシアに頼まれたからではないよ。僕が、己の仕事に誇りを持たぬ君に怒っているからだ。……僕も己の義母上に逆らえぬ情けない男だが、それでも、いくら義母上の命でも、フェリスよ、そなたの魔法で、小さな子供を殺せと言われれば断るよ」
「……わ、わたしは……」
「君がしてきたことは、そういうことだよね? レティシアは負けない乙女だから死んではいないけれど、もっと弱い子供なら、僕のところに来る前に、君の立てた風評で死んでいたかもしれない。呪いの言葉や、悪い噂には、それだけの力がある。自分より弱い誰かを追い詰めるのは楽しかった? いま僕が君にしていることだけどね。そんなことの為に、占術を学んだ? たくさんの修行はそんなことの為?」
「……ちが、ちがいまっ………」
最初は、心沈んでらしたイザベラ様を、占いで心を明るくできたようで喜んでいた。
その頃は、ネイサン王弟殿下の心を占ったりしていた。
ネイサン王弟殿下の心は、イザベラ様の上にだけあるわけではなかったけれど、イザベラ様や御子達のことも大切に思っていると言ったら、凄く喜んで頂けた。それは嘘ではなかった。
王弟妃だった頃のイザベラ様より、いまのイザベラ様のほうが不幸そうに見えるのは何故だろう。
どのみち、ミゲルの占いは、イザベラ様も、レティシア姫も、レティシア姫を案じるサリアの民も、みんなを不幸にしている。
誰のことも幸せにできていない。
そもそもたいした才能もなかった。
もっと卓越した才能があれば、ひどい嘘なぞつかずとも、もっと未来が読めて、レティシア姫を貶めなくても、イザベラ様の喜ぶことも占えたろう。
(すごいなー、ミゲル、なんでそんなのわかるんだー? おまえには特別の才があるんだな!)
幼い頃、占術を志したときの誇りのかけらもない。でも、ひとつだけわかってることがある。
「……わたくしが、お願いできる身ではございませんが、どうか、殿下」
(私はディアナに嫁ぎ、私の婚姻でサリアとディアナと近しくなることで、サリアの皆が幸福になれることを望みます)
ちいさな、美しい、気高い姫君。
一度もミゲルを責めなかった。嘘ばかりを言ったのに。
どんな侮辱にも、毅然と顔をあげていた。
ただ、ときどき、どうしようもなく、寂しそうな顔をしていた。
「レティシア姫を幸せにしてあげてください。レティシア姫は、本来、祝福された、幸運を運ぶ……」
金の髪に琥珀の瞳、鈴をふるうような声で話す、共にある者に幸運を運ぶ姫を、サリア王家は自ら手放したのだ。
強欲のためか、畏れのためか。
「ああ……、なんだ……、真正の詐欺師ではなくて、少しは本当に視えるんだね?」
レティシア姫の話をしていると、怖ろしい神獣のような人の気配が少しだけ和らいだ。
ああ。レティシア姫には、優しいのだ、きっと……よかった……。
「そなたには詫び状と、我が妃に謂れなき汚名を着せた王妃の罪を証言をしてもらう。サリアでの職は失うだろうし、身も危うくなるだろうから、その点は僕が贖う」
「え……」
たしかに、王家の罪を暴けば、命は保証されまい。
それが怖くて、いままで、よくないこととは知りながら、ずるずるここまで来たのだから。
「レティシアの婚姻に、死人は出させないから、そこは安心していい」
「……、で、殿下……」
「まずは詫びの手紙を。気の塞ぐ我が姫に見せたい」
「は……、は……っ」
美貌の王子様は、優しいのか怖いのかよくわからない。
でも、とりあえず、ミゲルたちがこの宮廷で追い詰め続けたあの暗い顔をしていた小さな姫は、ディアナでこの方にとても大切にされているようだ。
そしてレティシア姫は、あんなに幼いのに、ミゲルのことを、恨みもせずに気遣ってくださったのだ。
ならばミゲルも、失って久しい仕事の誇りを取り戻さねばならない。
一番最初に、この仕事を目指したときのように。
(僕は占術師になって、誰かを幸せにしたいなあ。見えない未来に怯える人を、怖くなくしてあげたいなあ……)
歴史にどんな名を刻まれようと、臆病な己の嘘で、あの小さな姫に与えた汚名を雪がなければ。
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