第344話 サリアの災いを呼ぶ姫 41

「なあ、あの娘はオレにくれたんだろう、サリア?」


誰もいない聖堂で、美貌の青年は、サリアの女神の石像を見上げ、不遜な言葉を投げた。


「あなたにではありません。サリアの娘レティシアは、フェリスの花嫁です」


呆れたような声がかえる。


「レティシアがサリアの娘なら、フェリスはレーヴェの息子。オレの可愛い息子の嫁は、オレの可愛い娘だ」


そのような謎の論理を、他国に顕現してまで、偉そうに披露しないで下さい! とフェリスが眉を寄せそうだ。


「いつの時代にお逢いしても、貴方は自由でいらっしゃいますね、レーヴェ」


溜息一つ。

サリアの女神は、淡い銀色の髪を靡かせて、若く美しい姿でレーヴェの前に降り立った。


「誉め言葉と承る。オレの息子の可愛い花嫁を交換しろなどど、サリアは随分とおかしな女を王妃に据えてるんだな?」


「レーヴェ。私は貴方と違い、人の子の王室には介入いたしておりません」


サリア神は困惑気味にレーヴェを見返した。


「じゃあ、レティシアをサリアに戻したいというのは、サリアの意志ではないんだな。そこを確認しておきたかったんだ」


「ディアナの竜が気に入った娘を奪い返せるとも想っておりません。……私は異界から預かったレティシアを不幸にしてしまいました。あの子は異界でも傷ついていたのに、さらに傷つけてしまった」


レティシアは、両親を失って、サリアの名を呼ばなくなった。


神を恨む気配はないが、神に何か期待するのをやめたのだと想う。


(サリアの女神様、父様と母様を連れていかないで……! 私が何か悪いことをしたなら、罰なら、私に……!)


レティシアの嘆きを覚えている。辛い思いをさせてしまった。


「地にある竜があの子を幸せにしてくれるなら、私は嬉しい。フェリスがあの子を愛するのなら、サリアの娘レティシアは誰よりも悲しみから遠くあれるだろうと……、ですが、レーヴェ」


「ん?」


「どうしてフェリスは、ディアナの王ではないのですか?」


「それこそ、隠居して久しいオレの介入することではないわな」


訝しむサリアに、レーヴェは肩を竦めた。


「ディアナでは、レーヴェの竜王剣がマリウスをディアナの王として選んでないと騒ぎがあったと聞き及びますが……?」


「あれはガレリアの嫌がらせだよ」


たとえば、誰かがついた嘘の上に嘘を重ねる。


それを重ねていけば、いつかその嘘は真実になるのか?


マリウスは竜気を帯びてはいないが、堅実なディアナの王として、責務を果たしてきている。


だがマリウスは、竜王剣の噂騒ぎで、母マグダレーナの犯した罪に気づいてしまった。


竜王剣の嘘を胸に抱えたまま、嘘の上手くないマリウスが玉座に座し続けるのは、どんな心地なのであろう……?

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