第342話 サリアの災いを呼ぶ姫 39

なんて綺麗な王子様だろう。こんな綺麗な人、見たことない。


サリアの王女アドリアナは、入手したフェリスの美しい絵姿を見つめて、溜息をついていた。


レティシアとサイファとフェリスが仲睦まじげに笑っている、街の号外と、イザベラが慌てて取り寄せさせたフェリスの肖像画。


『フローレンス大陸で最も美しい王弟殿下』と謡われるディアナの二の君の肖像画には、びっくりするような高値がつくのだと、先日、友人の令嬢に教えられた。


「レティシアのこんな顔見たことないわ」


不満げに、アドリアナは、フェリスを見上げて花のように微笑むレティシアを睨んだ。


なんて幸せそうなんだろう。


ほんのこないだまで蒼ざめた幽霊みたいだったのに、レティシア。


レティシアは先王だった伯父夫婦のもとに遅く生まれた王女だ。


レティシアが生まれた瞬間に、周囲の態度が変化した。


それまでは、アーサー王夫妻に子がなかったため、もしやサリア王家を継ぐかも知れぬ王家のただ二人の子供として、アドリアナとアレクは大変に厚遇されていた。


レティシアは知らずに、アドリアナからいろんなものを、赤子の手でもぎとっていった。


何よりも、母の様子がおかしくなった。


レティシアより美しく、レティシアより賢く。母がどうしてそんなにレティシアを気にするのかわからないが、アドリアナは琥珀の瞳の従妹の姫にはもううんざりだった。


「ホントに変人王弟の妃になる気なの、姉さん?」


「私がフェリス殿下の花嫁になれば、レティシアは戻るわよ。アレク嬉しいんじゃない?」


「なんで僕が……!」


アドリアナはアレクを皮肉った。


ぜったいに認めないだろうが、弟はレティシアが好きなのだ。


レティシアには、毛虫のように嫌われてるくせに。


「私、フェリス様の花嫁になれるなら、何をしてもいい」


「姉さんだって馬鹿にしてたじゃないか、フェリス殿下のこと」


「それは知らなかったからよ。フェリス殿下のこと」


いま、フェリス王弟殿下の領地シュヴァリエでは薔薇祭の頃だそうだ。シュヴァリエの花嫁は薔薇の姫といわれると……。


「そう言えば、母様、大丈夫かしら」


「なんで母様の宮ばかり、薔薇が枯れるんだろう? 侍女達はレティシアの呪いだとか、竜神レーヴェの呪いだとか、馬鹿馬鹿しいことを言うし……」


「竜神レーヴェの呪い?」


「レーヴェ神がレティシアを気に入ってるから、姉さんじゃ承諾しないんだってさ」


「……うるさいわよ、アレク! 竜神様はレティシアを気に入ったりしないわ!」


アドリアナは癇癪を起して、弟を叱りつけた。


(ところがオレはレティシアを気に入ってるんだよな。なかなかこの大陸にはおらん、オレを推し友とやら扱いする娘は。まして、そんなに恋焦がれて貰っても、奨めないけどなあ、フェリス。レティシアを気に入ってるから可愛がってるだけで、普段はべつに女子的におもしろい男でもなし……)


レーヴェがサリア王宮を見下ろしていたら、雷鳴が轟き、空の割れるような音にアドリアナとアレクが悲鳴をあげた。


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