第322話 サリアの災いを呼ぶ姫 19


「ウォルフガング公。ディアナ魔法省とレーヴェ神殿から、フェリス殿下の大切な花嫁、レーヴェ様の娘であるレティシア姫に、災いの姫などと侮辱はまったくもって許し難い、との書が届き、イザベラ妃は顔を真っ赤にしてお倒れになったそうです」


「なんと。ちと意地は悪いが、それはぜひ拝見したかったな」


フェリスとの婚姻をレティシアに薦めた、サリアの名門貴族、小さなレティシアが「爺」と懐くウォルフガング公爵は破顔した。


「まことに嬉しい。我らの小さな姫様が、ディアナで大切に守られていると思うと、やっと酒の味がする気がする。儂はもう、朝も夜も、姫の御無事を願って、レーヴェ神を拝むぞい」


「気難しいと噂のフェリス殿下がレティシア姫を気に入って下さるかどうかが大きな賭けでしたが、よろしゅうございましたね」


「シュヴァリエの薔薇の騎士殿は、宮廷では氷の如しだが、領地からの信頼は非常に厚く、シュヴァリエはフェリス殿の管理下に移って以来、比類なき成長を遂げている、というのが我らが得ていた数少ないフェリス王弟殿下の情報でしたが、領地領民を疎かにせぬ誠実な方なれば、幼き花嫁レティシア様をきっと無下になさらぬはず、との祈りをサリアの女神は叶えて下さいました」


ハリス伯爵がサリアの祝福の印を結んでいる。


「私など、フェリス殿下とレティシア姫が戻られたと聞いて嬉しくて、街の号外を買い占めてしまいましたよ。どれもレティシア様が可愛く描かれていて、胸がいっぱいになりました」


ウォルフガング公やハリス伯と同じく、現国王夫妻の意図で、レティシアの傍からは遠ざけられてしまっていた乳母のレーヌが涙を零している。


イザベラ妃がまた何かよからぬことを計画しているようだ、とレティシア派残党の数名で集っていたのだが、皆で嬉しい知らせに安堵している。


「これこれ、レーヌ殿、その絵師は、レティシア様もフェリス殿下も本当は見たわけではなかろうて? フェリス殿下とレティシア様にお逢いしたという厩番の話を聞いて書いておるだけじゃろう?」


「ええ、そうですとも。それでも、フェリス殿下とレティシア様の幸せそうな姿を描いてくれているのが嬉しくて嬉しくて、もう、ありったけ買ってしまうのですわ。……城下の絵師達の筆も正直です。婚姻のときのレティシア姫の絵姿はとても寂しそうで悲しそうでした。生涯にたった一度の、大切な嫁入りの絵姿ですのに。……今回は婚約者であるフェリス殿下と共にの御姿で、それはもう可愛らしくお幸せそうに描かれていて……ウォルフ様、フェリス殿下というのは、本当になんとお美しい方なのでしょう」


街でたくさん出回っている、先日のフェリスとレティシアとサイファの絵姿の一枚を見つめて、レーヌはうっとりしている。


乳母の力ではとても守り切れなかった大事な小さな姫を、この美しい青年が守ってくれるのかと思うと、有難くてもう拝みそうになる。


「殿下は、レーヴェ神の再来と謡われる美貌の才人だそうだ。……そんな話が御婚姻前にサリアに聞こえてなくて幸いだ。最初から、美貌の才人と知られていたら、きっと今回のように話がおかしくなってしまい、レティシア姫を無事にフェリス様のもとへ逃がせなかった」


「きっと、きっと、アーサー王とソフィア妃がレティシア様を守って下さってるのですわ。私もレーヴェ神殿に拝みに参ります。毎日でも参りたいですわ。レーヴェ神はどんなお供えがお好きでしょう?」


ウォルフ爺、聞いて! びっくりなの。フェリス様は、物凄くお美しいの。神殿の神話の神様みたいなのよ。こんな美しい方に、こんな小さな私が花嫁じゃ気の毒じゃない? どうしよう? 大丈夫かしら? 


と愛らしいレティシア姫の驚く声が、老いた耳に木霊するようで、ウォルフガング公爵は久方ぶりに、心から幸福な吐息を漏らした。

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