第320話 サリアの災いを呼ぶ姫 18
「我々の星見は、レティシア姫に凶兆は見ておりません。フェリス様とレティシア様は領地シュヴァリエにて薔薇祭を御視察中です。ディアナでは、竜王陛下の教えに習い、花嫁をとても大切に致します。粗悪な品物のように交換する習慣はございません。そんなことをしたら、我が神、竜王陛下がお怒りになり、雷鳴が轟くでしょう。サリアの王妃様におかれましては、どうぞ、我らの星見の言葉に御心安らかになさって、フェリス様とレティシア姫の御婚礼の日をお待ちください。きっとそちらの占術師殿は何かお疲れで、見間違えたのでしょう」
「レーヴェ神殿は、敬愛する我が神レーヴェ様の御心にのみ従います。神殿建立以来、一度たりとも他国の占術師の言葉に従ったことはございません。レーヴェ様はアリシア妃の為にディアナを護り続ける、愛と約束を重んじる神。ディアナ王家の花嫁の交換など、耳にするのもおぞましいお話。レーヴェ様の娘となられた我らのレティシア妃を侮辱するおつもりなら、それなりの御覚悟を持ってなさるがいい、我が神殿にも星見はおりますよ、とサリアの占術師殿にお伝えください」
読み上げながら、王妃宮の女官は怯えていた。いまにも怒ったイザベラに何か投げつけられそうだ。
「……何様のつもりなの、たかが魔法省と、神殿風情が! 私はサリアの王妃よ、誰に物を言ってるつもりなの!」
悔しい。
慇懃無礼とはこのことだ。
「ま、マグダレーナ王太后様からの文もございます」
「馬鹿なの! そちらを早く読みなさい!」
「レティシア妃に災いの兆しありとの文を頂いて、こちらでも確認したところ、我が邦の者達には、災いは見えぬ、とのこと。フェリスはいたくレティシア姫を気に入っているようなので、交換は喜ばぬと思われる。では、イザベラ殿の御多幸を祈る」
「誰もかれもがレティシア、レティシアて……! 何なの! レティシアはあんな小さなおかしなことばかり言う姫なのよ! あんなに美しいフェリス様が、あんな本にしか興味のない不気味な姫にご満足なさる筈がないわ……!」
悲鳴のようなイザベラの言葉に女官達も困り果てる。
そうは言っても、先日も、その美しいフェリス殿下はレティシア姫の為に、レティシアの愛馬を連れに来たのだ。
誰か魔導師か、配下に任せればいいものを、フェリス王弟殿下が御自身で足を運ばれてまで。
サリア中に、レーヴェ神似のフェリス殿下の華やかな姿絵が出回っている。
こんなに凛々しい方にそんなに大切にして貰えるとは、レティシア姫にはやはりサリア神の加護があったのだ、とレティシアの評判も急上昇中だ。
「ディアナは、レーヴェ神がいまもアリシア妃を愛してることを誇る国ですから、婚姻の約束には、殊更、変更は許さぬのかも知れませんね……」
年嵩の女官が宥めるように、惑乱する主人に言葉をかける。
「レーヴェ神と違って、フェリス様がレティシアを見初めた結婚でもないでしょう!」
だが気に入らぬ姫の為になら、愛馬まで迎えに来ないのでは、とも言えない。
「何故、魔法省だの、神殿だのがこんなに偉そうなの! 私に無礼でしょう! ミゲル、ディアナは他国の王家への礼儀を知らないの!」
「王妃様、ディアナの王立魔法学院は、我らのような生業の者でしたら、一生に一度は学んでみたい、と夢に見る場所です。ディアナの魔導師や神官達は、王が道を誤るとき、諫めるのは汝らの仕事、己の仕事に誇りを持て、誰にも遠慮するな、とレーヴェ神から託された約束を心に抱いています。……なので、相手が、王家であろうと、真実を告げるのに忖度などしません。……王妃様の御心に添った私の占いなど、鼻で笑われてしまいます……」
ガタガタ震えながらも、ミゲルは、異国の同業種たちへの憧れを込めた瞳でそう告げた。
誰かの顔色を窺って、罪作りな嘘を占うのではなく、そんな風に自分の仕事に誇りを持てたら、どんなにいいだろう。
なのに自分は、そのディアナの魔法省と神殿の敵となったのだ。
なんて怖ろしい。
「まして、フェリス殿下の婚約者であるレティシア姫を、レーヴェ様の娘、と彼らが言うのならば、この世のいかなる者からも、彼らは竜王陛下の娘を守り抜くでしょうし、私ごときがレティシア姫を貶めることを決して許さないでしょう……」
「どうして、レティシアばかりがそんな……!」
「王妃様! イザベラ様! 誰か、気付け薬を……薬師を呼んで!」
イザベラは感極まったように、胸を手で押さえて倒れた。
あら、ディアナ魔法省と神殿の御手紙なら、聞いておくかしら、我らの愛しの薔薇の姫をちゃんと庇って下さってる? と枯れずに咲いていた赤い薔薇が満足げに花びらを揺らした。
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