第303話 サリアの災いを呼ぶ姫

シュヴァリエの薔薇を摘んで、サキとリタにあげようと思ったの。

魔法で簡単にお送りできますよ、て言ってもらったから。


サキとリタとフェリス宮への薔薇と、フェリス様のお部屋にも、と思って。

フェリス様がお話してるあいだに摘んで、差し上げたら、喜んでくれるかなって。


フェリス様はレティシアにとっても点が甘いから、何をしても喜んで下さるんだけど……。


母様と父様が亡くなるまでは、レティシアも小さな姫として、レティシアが何をしても喜んで貰えることを疑わなかったのだけれど、両親の死で世界は一転してしまった。


サリア王宮では、レティシアは何をしても不吉だとか不気味だとか言われる姫になってしまったので、レティシアが何をしてもフェリス様が喜んで下さるのが、まだちょっと慣れないくらいに……。


「フェリス様……」


ハンナがあんまり遠くへ行かれませんように姫様、日差しからお肌を守らなくては、と可愛い帽子を被せてくれて、どれが可愛いかな、と薔薇を選んでいたら、奥へ奥へ奥へと足を運んでしまった。


「レティシア姫が災いを呼ぶと……フェリス殿下の御相手は王女のアドリアナ様にと」


途切れ途切れに知らない声がそう言ったのが聞こえた途端、レティシアは不意にサリアに引き戻されたような気になった。


ああ、やっぱり、これは夢なんだ。

こんなレティシアに都合のいい話ある訳ないもの。


夢から覚めたら、フェリス様もディアナも薔薇も消えて、レティシアはいつものようにサリアの冷たい寝台の上にいるのだ。


そして貧乏くじを引いてしまったと言いたげな叔母様のつけた侍女が、あまり美味しくない食事を運んでくる。


人生ははこれからだと言うのに、少しも未来に期待が持てず、修道院に行くお願いをしようかどうしようかを迷っている。


それがレティシアの現実。

神話の神様似の王子様なんか来るわけがない。

来たとしても、そんな人がレティシアに優しくしてくれるはずがない。


「既に僕の姫であるレティシアを貶めることは、この世の誰にも許さない」


………フェリス様。


何もかもみんな夢だったんだよ、本当にしては幸せ過ぎだもの、と選りすぐった薔薇の花をレティシアがみんなとり落としそうになっていたら、フェリスの静かな怒りに満ちた声がした。


(あなたは僕に属する者になるのだから、ここでは僕が必ずあなたを守るから)


フェリス様。フェリス様。フェリス様。


変人だとか嫌われ者とか冷たいとか、サリアで聞いてた話は何ひとつあってなかったけど、叶ってはいないが、引き籠り希望なのは本当だ、て仰ってましたね。


なかなか放っといて貰えないから、引き籠れないんだと思うけど……。


「オリヴィエ、僕のレティシアに汚名を着せようとしたサリアの占星術士の名はなんと?」


「フェ、リス様……」


フェリス様の声が凄く冷たい。あんなお声、聞いたことがない。

きっと婚姻が災いなどと言われてご不快に……。でもそれは、占星術師のせいじゃなくて……。


「レティシア? お部屋でサキやリタと通話していたのでは……?」


フェリス様のお声が変わった。

いつもの、僕のレティシア、と呼んで下さるとても優しいお声だ。


「わたし、薔薇を、摘みたくて……、あの、神殿の御方、ごゆっくり……」


ちゃんと挨拶しなきゃ、と思ったけど、ここにいたら涙が零れてきそうで、慌ててぺこりと一礼して、くまちゃんのいる自分のお部屋に戻ろうと走り出した。

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