第302話 オリヴィエとフェリス


「殿下、お久しぶりでございます。先日のリリア僧侶の件、誠にありがとうございました」


「感謝されるようなことは僕は何も。こちらこそ何やら竜王剣の件で迷惑をかけたね」


フェリスが竜王剣に何かした訳ではないが、いろいろと勝手なことを言われてレーヴェ神殿側も困惑したろう。


「竜王剣のお噂はフェリス殿下がご迷惑をかけられたほうかと……」


「オリヴィエ。わざわざオリヴィエ本人が僕に話というのは何なんだい? 朝から魔法省の長に次いで、レーヴェ神殿の神官長にお越し頂いては、我が家の者が不安がる気がするんだが……?」


フェリスは美しい眉を顰める。オリヴィエは元学友でもある。昨年、神官長職を引き継いで、随分偉くなってしまったが。その本人が、遠隔通話で話したいのかと想えば、直々に転移魔法でやって来た。


朝から千客万来が過ぎる。これではシュヴァリエに引き籠っている意味がない気がする。


「私本人が参るとご迷惑ということでしょうか?」


「そうは言ってないが、神殿の重鎮というものは、そう軽々に動かぬものなのではないか?」


「フェリス様がいたく姫君を気に入られたと聞いて、そんな御様子はぜひ見てみたいものだと……」


庭園の東屋で、二人は向かい合っている。咲き誇る色とりどりの薔薇の匂いが薫る。


「何もおもしろいことなどないぞ? レティシアは幼い姫で、僕は随分年上の婚約者で申し訳ないが、あの子に嫌な思いをさせたくないだけだ」


「……なるほど」


「何だ?」


「いえ。大事な雛鳥を抱えた親鳥もかくやですね。……殿下のそんな可愛らしい御顔を拝謁できたただけでも足を運んだ甲斐がございます」


これに比べれば落雷で震え上がっていたガレリアの古狸の大司教など可愛いものな気がしてくる。レーヴェ神殿のオリヴィエのほうがずっと若いが、ずっと食えない。


「僕をからかいに来たわけではあるまい? 用件は?」


「サリアのイザベラ王妃から王太后様のもとに書状が届き、王太后様はとりあわぬと仰せなのですが、神殿と魔法省へ少し確認がございました」


「サリアから?」


「はい。フェリス殿下の婚姻相手レティシア姫が災いを呼ぶ為、フェリス殿下の婚姻相手は王女アドリアナ様と交代すべし、イザベラ王妃お抱えの占術士が申したと。レティシア姫に災いはないかと」


「正気の沙汰なのか? 既にレティシアがここにいるのに花嫁交換? 僕にもレティシアにも何と無礼な……」


娘のアドリアナとお茶がどうとうか言ってたが、レティシアも怖がってたし、サイファも休ませたかったから断ったが、あれから何がどうなって花嫁交換話に? あの紅玉の首飾り、害はないと想って渡したのだが、何かあの王妃を狂わしでもしたのか?


「そうですね。我々も驚いておりますが、王太后様も、寝言なら寝て言え、と一笑にふされたと……」


「義母上は相手にしてないのだな。神殿と魔法省は?」


それはよかった。この奇妙過ぎる話、唯一の朗報だ。義母上が花嫁交換に乗り気だったら、目も当てられない。


「我らはレティシア姫との御婚姻をディアナにとって吉祥と寿いでおります。魔法省も見解は同じです、ディアナとしてはレティシア姫に災いを感じてはおりません。サリアの占星術師がどのように星を読んでいるのか存じませんが……、ディアナの星見を覆すほどの魔力ある者がいるようには思えませぬが」


「宮仕えの占星術であれば、イザベラ王妃なり、サリア王の意を受けて占うこともあるであろう。とはいえ、既に、僕の姫であるレティシアを貶めることは、この世の誰にも許さない」


「御意。神殿としても、ディアナの地を踏まれた時から、レティシア姫は、フェリス殿下の妃、レーヴェ様の娘と考えております。レーヴェ様の娘を毀損する者を我らもとても受けいれられません。サリア魔法省、及び占星術ギルドには、ディアナからの不快は既に通知致しました」


「レティシアに聞かせたくない。虚言にしても、災いを呼ぶなぞと」


幼い身で嫁がされた上に、災いを呼ぶ姫扱いとは、いったいイザベラ王妃とやらの脳内はどうなっているのだ。何がどうなって、今度は実の娘をフェリスに嫁がせたくなったのだ?


何も持たずに、ただフェリスへの優しい気持ちだけを携えて来たようなレティシアに災いだのと、無礼にも程がある。


「そうですね。レティシア姫には……」


怒りが収まらず、フェリスから青白く立ち昇る竜の気を、オリヴィエが畏怖の表情で見つめていた。

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