第300話 王弟殿下にとっての家族の食卓

フェリスにとって食事を囲む席と言うのは、いつの頃からか、少々、疲れる場所になった。


無論、多くのディアナの民が、家族と一日の食卓を囲むことを一番の楽しみとして、日々の労働を重ねていることは理解している。


だから、それは自分の愛しい場所というよりは、フェリスが守ってあげるべき、誰かの大切な場所だ。


一番身近では、兄上の家族の食卓が、本で読むような温かい食事の席だ。


優しい妃とやんちゃな息子と礼儀にうるさい祖母がいて、呼び出されて顔は出したものの、すぐに帰りたがるフェリスを兄が引き留めてくれる。


このなかなかに特殊なディアナの王家という環境で育って、あんな絵にかいたような温かい家族を育んだだけでも、兄上は偉大だと思う。


ポーラ王妃は、どんな黄金を積んだとて、得難い人だ。


フェリスはたった一人の大事な弟なのだから、と兄上は言ってくれるが、何だかあそこに自分が混じるのは、義母上に嫌な顔されなくとも、フェリスとしては気が引ける。


フェリスの母のイリスが他界してから、父王と義母上と兄上と、父がよく食事の席を設けた。


あれも気を使うばかりで、いつも何を食べているのやら味がわからぬような席だった。


シュヴァリエにいると、その気遣いがいらぬから、よくこちらに逃げて来ていた。領地改革に燃えていたというより、自分の力で変えられることをしているときは、無力感に苛まれずにすんだ。


兄のマリウスよりフェリスのほうが優れている、という者は今も昔もいるが、フェリスは兄の方が羨ましかった。


そこに存在しているだけで、愛される。


美しいから、賢いから、役に立つから、レーヴェに似ているから、ではなくて。


何もしなくても、ただそこに居るだけで愛おしく、彼の為に何かしてあげたいと思われる存在。


そんな存在ではフェリスはないから。


「フェリス様。苺のムースはすすみませんか?」


「いや……美味しいよ。ちょっとぼんやりしてた」


つい先日やって来たフェリスのちいさな婚約者殿は、いつも大きな瞳でまっすぐにフェリスを見上げる。


まるでこの世に、フェリス以上に気にかかるものはない、とでも言うように。


「はっ。やっぱりお疲れなのでは!? 今日は私と二人でおうちでゴロゴロしてはどうでしょう? お祭、フェリス様が顔を出さないと、泣いちゃうかな、シュヴァリエの人……」


「レティシアと二人でおうちでゴロゴロ……贅沢な猫みたいだね」


「たまには贅沢をしてもいいのです。フェリス様は婚礼準備の為の休暇なのだから、私と休まないと」


「婚礼準備って、レティシアと休むことなの?」


レティシアといるとよく笑う。


それはこの無邪気なレティシアが、自分では意識せずにこの世界の法則から少しずれていて、同じようにこの世界の基準からはみ出しかけるフェリスにとって居心地がいいからだと思う。


「いえ。婚礼の準備って具体的には、何をするのでしょう? フェリス様の衣装合わせなら、私ずっと見守りたいです」


「レティシア、それ多分、僕がレティシアの衣装合わせを見守る方じゃないかな……」


婚礼衣装はすでに準備ずみだと想うが、レティシアは可愛いから、もう少し、衣装替えのドレスなども増やしてもいいんじゃないかな……でもレティシア本人は面倒がるかな? 


ああレティシアの婚礼衣装に、既にかけてくれてるだろうけど、僕からの守護の呪文も織り込もう……結婚式は人の出入りが多くて、危ないだろうから。

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