第294話 王弟殿下の婚姻についての異議申し立て

「マーロウ様。フェリス様との会談はいかがでしたか?」


「私の知りたいことは教えてくれなんだが、殿下はご機嫌麗しかったよ。結婚というのは人を変えるものなのだねぇ」


傍仕えの弟子に尋ねられて、マーロウは答える。


「それはそれは……、いまシュヴァリエ薔薇祭の盛りでしょう?」


「ああ、殿下から御招き頂いたよ。レティシア姫の魔法授業がてら遊びに行こうかの」


「それはよろしうございますね」


「マーロウ先生! このサリアからの書状、ご覧になって下さい! 」


「何事ですか、パルム。マーロウ様の御前ですよ」


「申し訳ありません、ですが、失礼にも程があると言うか……我が魔法省が祝福した王弟殿下の婚姻を、サリアが不吉だと言って来たんですよ。イザベラ王妃お抱えの占い師とやらを侮辱罪で罪に問うてやりたいくらいです」


「……王弟殿下の婚姻に何と?」


「レティシア姫ではディアナとサリアに災いを呼ぶと。レティシア姫とアドリアナ王女の交換をと」


「何と。白磁の壺でもあるまいに、花嫁を交換とは面妖なことを……」


マーロウは白い眉を寄せ、豊かな白髭を触った。

少々、長く生きたが、そんな話は聞いたこともない。


いや、あどけなさすぎる五歳の花嫁を王家に迎えるのも、マーロウとしては驚いたのだが。


「どうなっているのでしょう、サリアの倫理は? ディアナとは違うのでしょうか?」


最近ではマーロウの秘書代わりの仕事をしているセトも不愉快そうな顔をしている。


「王太后様のもとに御手紙が届き、王太后様は馬鹿馬鹿しいと一笑にふされたそうですが、魔法省と神殿には、殿下の婚姻がディアナに触りがあるかどうか、いま一度の確認をと」


「それは……レティシア姫を御寵愛のフェリス殿下もお怒りになるだろし、ディアナ神殿も旋毛を曲げるな。私は不勉強にして存じあげぬが、サリアにはそんなに高名な占い師がいるものなのかね、セト?」


「……失礼ながら、サリアの高名な占星術師なぞ聞いたこともございませんし、現在のサリアの国情から言っても、それほど腕のいい先読みがいらっしゃるとはとても思えませんが。レティシア姫もお気の毒ですね。先日、王宮でお見かけしましたが、フェリス様と御二人で、春の花が零れるようなお幸せそうな御様子ですのに」


セトはマーロウの問いに答える。レティシアが聞いていたら、私とフェリス様の「とっても幸せそうな二人作戦」成功してます? とそこだけは喜びそうだ。


「……セフォラ」


マーロウは、フェリスとレティシアの婚姻が決まった折に、二人の星を見させた者の名を呼ぶ。


「御前に。マーロウ老師」


空間が歪み、白いローブを纏った美しい銀髪に銀の瞳の青年が現れる。


「セフォラ。私は、君に、フェリス殿下の婚姻を見て貰ったね。サリアから、何やらレティシア姫が災いを呼ぶと、この婚姻に異義が出てる様なのだが、星は何か動いたかい? 御二人の婚姻で、ディアナやサリアに何か影響は?」


「サリアから姫がいらして変化したことと言えば、レティシア姫がそういう御力をお持ちなのか、フェリス様の御力がとても増しています。ディアナに災いを呼ぶ因子は何もございません。ディアナの地は、花嫁を歓迎しています。レーヴェ様は、新しい親族を気に入られている御様子と推察いたします」


「セフォラは、イザベラ王妃のお気に入りの占い師の占いとやらをどう見るね?」


「レティシア姫は、サリアの大きな星でした。それは私が最初にレティシア姫を占った時から変わりません。……私に言わせれば、ディアナにとってではなく、サリアにとってレティシア姫を失ったことは不幸だとは思います。国にとって大切な光を他国へ譲ってしまったのですから。ただ、それはサリア側では承知の上の婚姻かと私は考えていたのですが……、もしかしたら、サリアの星見が不安定で、星の語る話を、きちんと捉えられていないのかも知れません」


「では、ディアナ魔法省としての回答は、レティシア姫に災いの影はなし、でよいね?」


「マーロウ老師が、私の眼を信じて下さるのであれば。……老師、もしご不安があれば、夢見にも占術師にも、どうぞ何人でもいろいろと見て貰って下さい。おのおので見え方は違うでしょうから」


「私はセフォラの眼を信頼しているから、レティシア姫には何の不安もないのだが、不安があるとしたら、サリアがフェリス殿下を怒らせないかだよ。サリアの方は気の毒にというか、ディアナ王族の御気性を御存じないようだ。ディアナの王子が気に入った花嫁を交換しようなぞと、神をも畏れぬ暴挙だ」

「それは恐ろしゅうございますね。フェリス様はとてもお優しい御方ですが、お怒りになるととても怖い。神々の冷酷もかくやです」


にこ、とセフォラはマーロウの言葉に微笑んだ。


あまり他人に興味を抱かないセフォラも、フェリス殿下が溺愛しているという噂の小さな姫君を直接見てみたいものだ、と興味を示していた。

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