第293話 僕の心配をしてくれる姫君
「レティシア、待たせたね」
「いえ、少しも」
「どうしたの? 朝の支度、何かうまくいかなかった?」
レティシアの琥珀の瞳が曇っている。
「いいえ。支度はハンナが上手にしてくれました。……フェリス様、マーロウ先生に叱られませんでしたか?」
「ああ、大丈夫。思ったほど叱られなかったよ」
レティシアはじぃっとフェリスを見上げている。本当かな? と真剣に確認中のようだ。何とも可愛らしい。
フェリスの家の者はもちろんフェリスのことを心配してくれるけれど、何が起ころうと普段通りの様子で主を安らがせるという職業規範もあるから、こんなに全身で心配を見せる人は他にいない。
「本当に?」
「本当に。僕、嘘ついてないでしょ?」
フェリスは屈んで、レティシアと両手を絡めて、白い額と額をあわせてみる。
他の者と違って、こうして近づいて触れたら、レティシアにはフェリスの心の中の気配が少し伝わる筈だ(だからフェリスは荒れそうなときは、レティシアから離れていたいのだけれど)。
んー、と疑い気味だったレティシアが、大丈夫かな? とちょっと安心した顔をしている。
フェリス自身もレティシアの気配に安心する。
マーロウ師は、何かなさるときは、このあなたの老いた友にも、どうかご相談下され、と去って行った。
師のことは敬愛しているけれど、魔法省の各種の規定に従うといろいろと出来ないことが増える。こんなこと想ってしまうあたりが、我ながらだいぶレーヴェに似てきてる気もするのだが。
「フェリス様。レティシア様はずっとフェリス様の心配されてて、朝の御仕度も気もそぞろだったのですよ」
二人の様子を微笑まし気に見ていたハンナが口を挟む。
「う……違うの。フェリス様やハンナが選んでくれたドレスが可愛いすぎて、選べなかっただけなの」
レティシアが苦しいいい訳をしている。
思うに、フェリスの小さな婚約者殿は、ドレスには、たいして興味がないように見える。最低限おかしくない恰好であれば、程度のようだ。これはフェリスもレティシアのことはそう言えないが。
本や食べ物の話をしている時と、衣装の話をしているときでは熱量が違ってわかりやすい。
フェリスと違い、レティシアは女の子だから、成長とともにドレスに興味が高まっていくのかも知れないが。
「レティシアは何を選んでも、いつも可愛いけどね」
これは、本当にフェリスはそう思っている。
でも一番可愛いのは、寝間着でくまのぬいぐるみ片手に、何か謎な事を力説しているときだと思うと真実を言ったら、レティシアではなく、サキやリタあたりに叱られそうだ。
「フェリス様の採点は甘すぎです。レティシアは、フェリス様の婚約者としてうんと高みを目指さなければ!!」
「高み?」
高みが何処かはわからないけれど、僕の婚約者としてはりきっているレティシアは可愛いと思う。
「そうです。あんなちびの田舎から来た、いまいちな子と言われないように!」
「イマイチ? サリアが田舎じゃないし、レティシアは眠ってても起きてても可愛いのにな」
「フェリス様、私の向上心を折っちゃダメです。そんなこと言ってたら、レティシアが怠け者になりますから!」
レティシアと手を繋いで、食堂へと歩きながら、フェリスは既に婚約者殿のいないころの一日分くらいは笑っていて、そっと後をついてくるハンナの驚く気配が伝わって来た。
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