第291話 愛とか義務とか責任とかまだよくわからないけど、仲良しな二人

「レティシア様、本日のドレス、どれに致しましょう? 少し暖かくなって参りましたから、薄目の生地も……」


「うん……」


大丈夫かなあ、フェリス様。


鏡の前でレティシアの金髪を梳かしてくれながら、ハンナがうきうきと尋ねてくれるのに、レティシアはつい生返事をしてしまう。


レティシアとサイファのせいで、マーロウ先生に叱られてないかなあ。


あの穏やかなマーロウ先生だから、叔母様や伯父様や王太后様みたいに意地悪ではないと思うけれど……。


「レティシア様? 何か気になることが?」


「何でもないの。マーロウ先生に、フェリス様が叱られてないかなって心配で」


「まあ、マーロウ先生に、フェリス様が? そんな御姿とても想像できませんが……」


ハンナはレティシアの髪をさらさらに仕上げながら否定してくれる。


「でもね、昨日、私の為に無理をさせてしまったので」


お母様の首飾りの代わりに、叔母様に贈って下さったあの紅玉の首飾りも高そうだった……。


それに、フェリス様から頂いたって叔母様が自慢するところが目に浮かぶようで、いやー。


掌を返したみたいに、叔母様、フェリス様に愛想ふりまくってたし……。


「きっと叱られませんし、マーロウ先生と意向が違われても、大切な婚約者のレティシア様の為になされたことならフェリス様は本望なのでは?」


「う、うん……でも」


ここに来て、フェリス様に逢うまで、サリアでは孤立無援に陥ってたので、レティシアは自分の為に誰かが何かしてくれることに慣れない。


「それなら、代わりに私が叱られたいの。フェリス様が私やサイファの為に叱られるの、嫌なの」


フェリスが優しくしてくれるたびに、レティシアの止まってしまってた感情が戻って来る。


蒼ざめて紙のように白かった頬には血色が差し、化石のように凍り付いていた琥珀の瞳は、フェリスがレティシアの為につく優しい嘘を見破って、フェリスを守ってあげなければ、と注意深くなる。


「なんてお可愛らしい。フェリス様がレティシア様を愛するはずですねぇ」


「私への愛というか、責任感というか」


といって、王太后様から押し付けられただけのちび花嫁のレティシアに、フェリス様がそこまで責任感じる必要なんてないんだけど。


齢五歳にして、レティシアの責任をとる人なんていなくなってしまったのだけれど。


そこは、うちの推し、いい人過ぎるから。


「まあ。フェリス様は確かに責任感は強い方ですけど、責任感で、あんな楽しそうな御様子にはなりませんわ。私、こちらに務めて初めてではないかと思うほどです。あんなに微笑うフェリス様を拝見するのは。レティシア様といるフェリス様はずっと楽しそうですわ」


「……。私も楽しいわ、フェリス様といると。私達、仲良しなの。王太后様がご機嫌斜めになるくらい」


あれからずっと考えてたんだけど、もしや王太后様は、私がフェリス様を嫌って、サリアに帰りたい、とフェリス様を困らせてくれるのを期待してたんじゃないかと……。


王太后様の予想に反して、私ときたら、フェリス様大好き! フェリス宮天国! になってしまったんだけど。


だってちっとも帰りたくない、お父様もお母様もいない、居心地の悪いサリア……。


昨日フェリス様に連れて行ってもらった時も、早く安全なディアナに帰りたいって思ってた……。


あ、精霊さん、お話したいなー。


サリアでフェリス様すごーくかっこよかったんですよー、って聞いて貰わなきゃ!


ずっとここに……フェリス様といられるといいな……。


「王太后様はいつもご機嫌斜めなんですわ。何処か血の道がおかしいのではと……ミルクと小魚をもっとおとりになったほうがいいと思いますわ。あんなに何でも苛苛されてフェリス様に濡れ衣を着せて謹慎させるなんて、王太后様付きの者は御献立も見直した方がいいと思いますわ」


シュヴァリエの人は、レティシアに勝るとも劣らぬフェリス様推しだから、フェリス様に冤罪かぶせた王太后様を許せないよね(というか普通なかなか許し難いと思うけど、フェリス様って何故か自分のことより王太后様の心配してそうな不思議な人なの……)。


「お、御献立……ハンナ可愛い……」


「可愛くないです。私は清らかなレティシア様と違って、フェリス様を苛める王太后様を呪いそうになりますが、フェリス様の義母上様だからと耐えておりますっ」


「うう。待っててね。私、図書室で、嫁と姑本借りて来たから、も、もうちょっと王太后様の機嫌をとれるようになるからね……!!」


私の努力でどうにかなるものなの? とは思うものの、努力はせねば! お、お義母様と仲良くなれるようにあの本読むぞ!(あんまり楽しそうな本じゃないからすぐ眠くなっちゃうの……)


「いえいえ、レティシア様、ここではそんなこと考えず、結婚までの婚約期間を、フェリス様と存分に甘くお過ごしください」


「あ、あまく?」


それもよくわからないけど、フェリス様、マーロウ先生にきつく叱られてませんようにー!!


(健気な小さな婚約者の応援を背に、その頃フェリスは笑顔でマーロウを煙に巻いていた)

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