第290話 あなたをこの地に繋ぐ姫君

「ええ。レティシア様がいらっしゃるまでは、フェリス様、もっと張り詰めた御様子でしたよ。マーロウの爺は、お気に入りの愛弟子が、いつか何処かにいなくなってしまうのでは……と不安でした」


それは確かにそうかも知れない。


何をしても、義母上の機嫌が日に日に悪くなってる気がして、もう万策尽きた思いで、どうしたものなんだ? 学問したいという訳ではないが、何処か他国に遊学にでも行くか? シュヴァリエも安定しているし、何処からでもすぐ魔法で帰ればいい訳だから、と考えあぐねていた。


兄上が結婚されて、ルーファスが生まれて、のあたりまではまだ平和だった気がするのだが、フェリスが成長と共にレーヴェそっくりになってしまって、それに皆が騒ぐものだから、義母上の振る舞いがおかしくなってしまったのだ。


愛されたいなんて贅沢は言わないが、近親者から、露骨に疎まれ続ける人生も楽ではない。


「奇妙なことに、マグダレーナ様がフェリス様にレティシア姫を添わせて、あなたをここに繋いだ形になりますな」


「言われてみれば……」


義母上は、フェリスが後ろ盾の強い姫と結びつくのを阻みたかったのだと思うし、何ならフェリスに子が生まれることも怖かったのだと思う。


レティシアには後ろ盾もなく、どんなにいまフェリスとレティシアが意気投合していても、レティシアと子供を作るようなことを考えるのは十年以上も先の話だ。


義母上にとって理想的な姫だったのだと思うが……。


「どうしました、フェリス様?」


「義母上が、僕とレティシアを御覧になったときの、何とも言えない顔を思い出して。……だいぶ思惑が外れられたのだろうなと」


「王太后様は、レティシア姫にフェリス様をとられたようでお寂しいのかも知れませんよ?」


「義母上が結婚を奨めておいてとられたも何も。しかもお気に入りの義理の息子でもないのに」


好好爺らしいマーロウの言葉に、フェリスは妙な事をと不思議がる。


「女性の心というのは複雑なものです。フェリス様は手に負えないほど、魅力的な御方ですから」


「そんなお世辞を言ってくれるのはマーロウ先生位ですよ」


「いえ。お世辞ではないのですがね。フェリス様は、自分のことは過小評価しがちですから。……そうそう、ガレリアのヴォイド王が、ディアナのフェリス王弟を凌ぐ魔導士はおらぬかと方々お探しだそうですよ。二、三、お誘いを断った私の生徒達が、先生、御用心を、と知らせてくれました」


「………。ヴォイド王は、魔導士には、友も師も里もないとでも思ってるのかな?」


くすくす。義母上の話よりは陽気にフェリスは笑った。


「そうですねぇ。ディアナ王立魔法学院がただの親切であらゆる国からの留学生を受け入れて、世界に還元してると思ってらっしゃるなら、いささか御人がよすぎかと。誰だって里心というものはありますし、普段、魔導士を粗略に扱ってる御方にそう忠誠心は起きぬかと」


「あのリリアの大司教、まだ何かするつもりだろうか?」


「ガレリア、と、リリアに関して、私共も警戒度をあげて、結界を張りなおしておりますが。……抜けがあるようでしたら、ぜひ、殿下からの御忠告を頂きたいと」


「とんでもないことだよ。僕のような素人が口を出すものではない」


「素人は、勝手にサリアに転移致しませぬ、殿下」


「私の婚約者の大切な友の身が危うかったので、少し急いだ。許せ。……ちゃんと魔法省を通して、正式に移動させるつもりだったんだけどね」


「わかってますよ。御時間あれば、私共に任せて下さるんですけど、お急ぎだと、御自分でやった方が早いになってしまうんですよね……。まあ褒められたことではないのですが、お元気そうで何より……そして、フェリス殿下が久しぶりにとても楽しそうなことを、爺は嬉しく思いますよ」


「……そうだね。先生。僕は久しぶりに楽しい。まるで小さな友のような、僕の言葉の通じる可愛らしい花嫁を得て。何をしていても楽しいよ。先生も、時間が許すようなら、シュヴァリエの祭にも遊びに」


「ああ、シュヴァリエは、いまが、いちばんいい時分ですな。レティシア姫は、いい季節においでになった。薔薇の花たちも、姫を歓迎しているようなものだ」


「そうだね。昔、シュヴァリエを任されたときは、まさか僕がこの地で花嫁を迎えるなんて夢にも思ってなかったな」


一面の薔薇に埋め尽くされるシュヴァリエの街を夢見るように、マーロウ師の瞳も優しく瞬いた。

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