第282話 この世の理に添わぬものについて

「陛下申し訳ありませんが、そのお話はお断りさせて頂きたく……」


漆黒のマントを身に纏った男は、ガレリア王の前で頭を下げた。


「シリウス、謝礼に糸目はつけんぞ?」


ガレリア王ヴォイドは予想外の拒絶に、不機嫌そうに眉を寄せる。


「私には荷が重うございます」


「そなたはフローレンス一の魔導士ではないのか?」


「それは些か買い被りすぎでございますね。我ながら、腕は悪くないと思いますが」


本当の姿かどうかはともかく、若く美しい男に見える銀髪の魔導士は微笑んだ。


「ディアナと聞くと、誰もかれもが嫌がりおる」


ヴォイドは溜息をついた。


先日の落雷がディアナの仕業かどうか証立てよと命じても、自国の魔法省ではいっこうに埒があかないので、外部の腕の立つ者を雇おうと考えたのだ。


ガレリアは魔法の強い国という訳ではないから、魔法の王国として名高いディアナより魔法省が弱いのは致し方ないのかも知れないが。


「ディアナはレーヴェ様に守られている国ですから」


「……レーヴェ神はいまもディアナにいるのか?」


「さあ? 如何でしょう? 御本尊が地上におわすかどうかは存じませんが、当代には現身のようなフェリス様もおいでですし……」


「やはり、あれは、フェリス王弟の仕業か?」


「ガレリア神殿への落雷ですか? 存じません。私はガレリア側の調査に関わっておりませんし、関わるつもりもありません。……フェリス殿下とは事を構えたくありません」


「あの男はそんなに怖ろしいのか?」


「性質は穏やかな方とお聞きしてますが……、ディアナにはディアナ魔法省の張ってる通常結界のほかに、神代からのレーヴェ様の護りがあり、さらに当代はフェリス様の結界が張られております。とても付け入る隙がありませんし、そんなものに触って、竜の逆鱗に触れるのは嫌ですねぇ……」


「それは魔導士ギルドの共通見解なのか?」


「いえ、これは私の意見ですが、似た見解の者も多くいるとは思います。陛下は王の眼で世界を御覧になり、我々は魔導士の眼でこの世界を見る」


「魔導士の眼には、あのお綺麗な王弟殿下がどう見えるんだ?」


苛々とヴォイドは尋ねる。


先にディアナにちょっかいを出したのはこちらとは言え、王都のど真ん中で恥をかかされて、忌々しい。


そして、あの腰抜けのリリアの大司教はうるさいばかりで何の役にもたたぬではないか。


「私共、魔導士は生涯を魔法に捧げてはいますが、あくまで人の子でございます。炎を操り、水を操り、風を読んだとて……、やはり、生まれついての根源が、この世界の理とは少し違う階層にある御方とは違います」


「………? それではまるであの若造が、神か何かに聞こえるが?」


人を食ったようなシリウスの微笑がうっとおしい。


これだから魔導士など好かん。訳のわからぬことばかり言って、肝心な時に役に立たん。


竜の神の血を引いていようが、神殿の神に顔が似てようが、それが何だと言うのだ?


所詮はただの十七歳の少年ではないか?


何をそんなに畏れることがある?


「レーヴェ神の血はいまもディアナの血のなかに潜み、ときに大変に不思議な御方を生みます。それはディアナには吉祥ですが、我々が敵とするには、些か畏れ多い。……陛下、ディアナ以外の案件でしたら、いつでもお声かけくださいませ。何処からでも飛んで参り、陛下のお役に立ちましょう」


「……はっ。よくも心にもないことを! 誰かおらぬのか、余の為に、あのお綺麗な顔をした男の膝を折ってみせる魔導士は!?」


ヴォイドの声が玉座に空しく響く。


心当たりを紹介する気はないのか、銀髪の魔導士シリウスはただ静かに首を垂れていた。


御言葉ですが、そんなに買い被って頂くほどの化け物ではありません、ただの少し魔法の使える平和な薔薇園の領主です、とフェリスが聞いていたら、苦笑いしそうな会話ではある。






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