第281話 婚約者は、お互いに過保護

「サリアのことを、レティシアはレーヴェに何か言ってましたか?」


だったらちょっと悔しいな、僕には話してくれてないから、と思いつつ、フェリスはレーヴェに尋ねてみる。


とはいえ、レーヴェとフェリスでは、同じ貌をしてはいても、人間の相談相手になってきた経験値が天と地よりも違いすぎる。


「いや? サリアのことなんて言ってないな。レティシアはおまえの話ばかりしてるぞ? おまえ、飯くらい、しっかり自分で食えよ。そもそも、おまえがレティシアの食事を心配するほうだろう」


「……返す言葉もありません」


フェリスは赤面する。


それはそうだ。レティシアが好き嫌いしないように気を付けてあげるべき立場だ。


しかし、レティシアはわりといつも嬉しそうに食べている。


レティシアが楽しそうなので、フェリスも最近、食卓に向かうのが楽しい。


あの笑顔を思うと、食事が一日にもっと何度もあっていい、とフェリスにしたら大変に画期的なことを思っている。


「僕がもっとレティシアの信頼を得て、辛い事を話して貰えるようになれるといいのですが……」


「レティシアはフェリスを信頼してると思うぞ? 凄く」


気楽にレーヴェは言って、空中で逆さまになって遊んでいる。


「レーヴェ。人が真面目な話をしてるのに、僕の貌で変な恰好しないで下さい!」


「……身体と思考の柔らかさは大事だぞ? サリアのこと話さないのは信頼してないからじゃなくて、思い出したくないとか、実家の親戚の話をフェリスにしてもと思ってるだけじゃないか? レティシア、ディアナで生きていこう! て前向きだからな」


「前向きなレティシアはとても愛しいですが、情報の共有は大切です。あのおかしな王妃が、ちいさな娘から、母の形見迄とりあげてるなどと、とても許せることでは……」


そんなことは、およそ普通の人間なら、予想しないではないか。いったいサリアの遺産相続の法はどうなっているんだ。


義母上がフェリスを嫌うといっても、フェリスから母上の形見なぞとりあげなかった。


そんなことされてたら、十二年前の時点で、とても義母上の命を保証できない。


いまも昔もフェリスはそんなに人間が出来てない。


現状の義母上の嫌がらせは、あくまで、レーヴェに似てて妙な風に目立つから、義母上の大事な兄上のお邪魔になるからだろう、と受け流してるのだ。


「おまえ、穏やかにやれよ。何事も穏やかにな。レティシアは、ディアナとサリアに仲良くして欲しいって言ってただろう」


「御意。レティシアを悲しませないように努めます。……母上の形見の品の完全なリストが欲しいので、レティシアの乳母か傍仕えの者を探しだして、穏やかに、穏やかに全て取り戻します」


自分に念を押すように、フェリスは繰り返した。


婚儀にサリアの親族を招くのをやめようか? と尋ねたときの、レティシアの困惑した顔を思い出して。


「……ん……、フェリスさま、にんじんお嫌いですか? とっても栄養があるんですよ」


「ちびちゃーん……」


やけにはっきりしたレティシアの寝言に、レーヴェが大笑いしだす。


「……好き嫌いしないで、にんじんも食べてね、殿下?」


「うるさいですよ、大おじいさま!」


おもしろがるレーヴェを、空中の羽虫のごとく、フェリスは振り払う。


「フェリスさま……?」


「うん。レティシアが食べさせてくれたら食べるよ、人参も」


「はい……、野菜も、たくさん、たべてください、ね……」


「レティシアの仰せのままに」


婚約者の白い額に安心させるようにキスをして、フェリスはレティシアを寝台に寝かすことにした。


夜着に着替えても外しがたかったのか、母君の琥珀の首飾りがレティシアを飾っている。


眠るレティシアの膝から滑り落ちた竜王陛下の本を、若い新婚の夫妻にオレの本が読まれてる、とレーヴェが拾い、ぱらぱらと頁をめくって、適当なこと書いてやがるな~と、ディアナの守護神はウケていた。




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