第279話 嫌われ者の従兄弟のレティシア姫

世の中は納得のいかないことだらけで、思い通りになんかならない。


「アレクの従妹姫は、フェリス殿下と婚約したんだろう? 男でも羨ましいなあ」


「引き籠りの変人との婚約が?」


サリアの王太子になったのだから、将来の為に周辺国の貴公子たちと親しめ、と父に言われて狩りや、茶話会に参加しているが、こんなきどった貴公子たちとの交流に何の意味があるのだろう。つまらない。


「引き籠り……って確かにお誘いしても断られてばかりだと皆嘆いてはいるが、あんな優美な方に引き籠られてしまっては、フローレンスの社交界の損失というものだなあ」


「……? 派手な人なのか」


「知らぬのかい? 大陸でもっとも美しい王弟殿下と謳われる、美貌の貴公子だが」


「美貌の……?」


そんな話は聞いてない。


引き籠りの嫌われ者の、不細工な暗い男のはずでは……(誰もそこまでは言ってない)。


「ディアナの王立魔法学院でご一緒した我が兄などは、フェリス殿下の踏んだ土も拝まんばかりの崇拝ぶりだ。僕ももっと早く生まれてディアナに遊学してご一緒したかったなあ」


「……魔法」


魔法使いなぞ、みな、あやしい者だ。いや、あやしいからレティシアには似合いなのか。


「そう。ディアナの神、レーヴェ神にそっくりのフェリス殿下は魔法の才にたけていて、いつも赤点スレスレの我が兄とは大違いで……」


「……人嫌いの変人との噂は」


「社交家ではないという話だよ。人見知りのフェリス殿下の友情は黄金より得難いと我が兄が笑っていた。崇拝者はたくさんいても、友人はそんなに欲しがらない方とか……」


「……そんなに素晴らしい方なら、田舎者の我が従妹は肩身の狭い思いを……」


「案じることはないよ、アレク。ディアナ王宮の僕の友人いわく、フェリス殿下はことのほかレティシア姫をお気に召されたらしいよ。誰も愛さない氷の殿下が! といまその話題で持ちきりだよ。フェリス殿下は美しい貴婦人には飽いておいでだろうから、レティシア姫の無邪気さが御心を射たのかな」


「……!!」


レティシアは可愛げのない従妹の姫だ。


いつも、小さい癖に、アレクにわからないような重そうな本を抱えていた。


まだレティシアの両親が生きていた頃に、こんな本などつまらない、と一度レティシアの本を雨の庭に投げ捨てたら、それ以来アレクは毛虫のように嫌われた。


機嫌をとろうと、可愛い菓子やリボンを贈っても、少しも興味を示さなかった。


父王や母妃が亡くなってからも、爺ややばあやとばかり話をしていて、あんな者たちはレティシアに何か悪い事を吹き込むのではないか、とアレクが父や母に言ったら、その者達はレティシアから遠ざけられた。


周囲に誰もいなくなって、困り果てていても、一度もアレクに頼ろうとしなかった。


本当に可愛くない。


でも、顔は物凄く可愛い。


泣いていても、あんなに可愛い娘を、アレクは他に見たことがない。


「レティシア姫もとても可愛いそうだから、これから御二人でディアナの華となるだろうね」


「レティシアは、そんな立派なフェリス殿下と話があわないと思います。おかしな娘ですから」


「こらこら、アレク。年下の従妹姫と言っても、もうそんなことを言ってはいけないよ。ディアナの王弟妃殿下となるのだからね。もはや僕達には手の届かない高貴な貴婦人だよ」


悔しい。


どのみち、サリアにいても、レティシアはアレクを嫌っていたけれど。


従妹の姫が、そんな男のものになるのが悔しい。


氷の王弟殿下とやらが、レティシアに興味を示さなければよかったのに。


貴族であれば、夫婦になっても、他人のような夫婦などいくらでもいるのに。


レティシアが誰からも愛されなければいいのに。


「竜の血を引くディアナ王族は、この者と定めた伴侶を、何よりも大切にする。何と言っても、千年も前に亡くなった愛妃の為に、守護神レーヴェはディアナを守っているのだから。アレク、たとえ親族といえど、不敬があってはいけないよ」


一度もレティシアの話してることの意味がわかったこともなければ、レティシアと話があったこともないけれど、たとえ嫁にいったとしても、レティシアが他の男のものになるのが嫌だ。

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