第270話 ちっちゃくない!(おおきくもない)
「わたしには過ぎたお役目のような……」
レティシアも何かお仕事したいんだけど、もうちょっと地味めのでいい気が……。
(サリア王もサリア王妃も若くして死んでしまった。一人だけ生き残った小さなレティシア姫は呪われている。あんな不運な王女に近寄られたくない)
そんなことない、て知ってても、投げつけられた不吉な言葉は、どうして、いつまでも亡霊のように耳の底に残るのだろう。
いまこんなに楽しく夕食を囲んでいるのに。
「薔薇の姫は、シュヴァリエの幸福を象徴する姫。レティシアは僕に幸福を運んできてくれたお姫様だから、シュヴァリエにも幸福をもたらすよ」
「……フェ、フェリス様」
フェリス様は曇りない碧い瞳でそう言って下さって、……フェリス様の性格的にお世辞ではないと思うんだけど……。
「わ、わたしで楽しくなってくれる方は、この世でフェリス様ぐらいというか……」
フェリス様はおもしろくもない私の話を聞いて大笑いするの。笑いのツボが変な人なの。
でも笑いころげるフェリス様見てると、なんだか安心する……。私の言葉は、不吉でも、奇妙でも、ないのだと思えて……。
「そんなことないよ。レティシアの信奉者はたくさんいるよ。僕は心が狭いから、全員は教えられないけどね。こんなにちっちゃいのにモテモテだから、先が思いやられるよね、レイ」
「さようでございますね、フェリス様。日々、鍛錬を積まれませんと。……レティシア様、薔薇の姫は、シュヴァリエの象徴にして守り神ですから。レティシア様はこの幼さで、マグダレーナ王太后様から、シュヴァリエの当主フェリス様を庇われた勇敢な姫君。……これ以上、シュヴァリエの守護の姫にふさわしい方がございましょうか?」
レイが保証してくれた。
「あれは……もっと上手にお守りせねば、です、それこそ薔薇の姫ならば」
二度の人生でただ一度、レティシアが王太后の理不尽な発言に言い返した。
あれはシュヴァリエの当主も何も、ただただ壊れていきそうなフェリス様の心が心配だったからで、普段ならあんなことしないんだけど……。
「まだちっちゃいから、いますぐレティシアを領主の妃として酷使しようなんて思ってないから安心して?」
「ちっちゃくはないです!」
「ちっちゃくないの?」
「もうおっきいです!」
「ちっちゃくて可愛いのに……」
ちっちゃい扱いに、律儀に毎回、ぷんぷん、とレティシアは言い返す。
ちっちゃいんだけど。おっきくはないんだけど。
なんとなく、フェリス様と同じがいいなあって。
全然、同じじゃないんだけど、ちっちゃい子扱いは不満なの……。
「フェリス様、レティシア様、サーモン、ローストビーフ、生ハム、クリームチーズで象りましたこちらの薔薇はいかがでしょう?」
「可愛いー!!」
食欲をそそるような色とりどりの食材で象られた薔薇がたくさん皿の上に咲いている。サーモンやローストビーフが赤い薔薇、クリームチーズが白い薔薇だ。
「レティシアのせいか、随分と食卓が可愛い。シェフの気合を感じる」
「それはやはり喜んでくれる方にお出ししたいんですよ、料理人も人ですから。……御二人の御祝いでもございますしね」
フェリス様とレイが囁きあっている。このへん主従というか悪友というか兄弟っぽい。
「炭酸もお持ちしましたので、ストロベリーソーダもいかかでしょうか?」
「あ、じゃあ、ストロベリーソーダにしてみたいです」
シャンパンの代わりに、ストロベリーソーダで乾杯したいのだ!
「フェリス様」
「うん。じゃ、僕にもそれを。……シュヴァリエが可愛らしい薔薇の姫をえたことと、サイファがうちに来てくれたことに」
「……フェリス様と、歓迎して下さったシュヴァリエの皆様に、感謝を込めて」
レティシアのキラキラ輝く瞳に誘われた様に、フェリスがフルートグラスを掲げてくれた。
フェリス様の綺麗な指が持つと、お子様用の甘いストロベリーソーダなのに、由緒あるお酒に見える不思議さなの。
ほんの少しだけ炭酸たしてもらって、甘すぎずつよすぎないソーダにしてもらって、前菜のお魚や、薔薇のサーモンをつついた。
どれも美味しいー! フェリス様もちゃんと優雅に薔薇のかたちのサーモンを食べていた。
フェリス様、凄く綺麗に食べる方なので、薄い唇に運ばれる象られた薔薇さえも、まるでフェリス様に食べられるのが嬉しいみたいに見えた。
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