第265話 王太子は薔薇の姫を恋う

フェリス叔父上は婚約者を伴って、婚礼準備に入られるとのことで、領地シュヴァリエにお帰りになられた。


婚礼準備と言ってるけど、おばあ様がまたやんちゃして、叔父上ともめたので(もめたというか単に叔父上が一方的に被害被ったというか……)、暫く自粛して出仕は控える、ということらしいけど……。おばあ様は叔父上の慈愛と献身に甘え過ぎだと思う……。


それにしても、あのふたり、本当に結婚するんだ…。

そりゃそうだよな、ちびは叔父上との婚姻の為にディアナに来たんだもんな…。


でも…なんだ…その…少し早すぎないか、結婚? 

あいつ、あんな、ちびなんだから、もう少し先でもいいんじゃないのか? 


いや、フェリス叔父上が急いでる訳じゃなくて、……あのふたりの結婚は、おばあ様が決めたんだっけ? 叔父上がちっとも結婚にご興味なかったからか? だからってなんであんな……。


「……つまらないな」


「ほお。私の講義はそんなにつまらないですか、王太子殿下」


マローウ師が白い髭を弄っている。


「い、いや、先生、そんなことはない。い、いまのは違う」


「……何を悩んでおいでじゃ?」


白髪白髭のマローウ師は、魔法省の重鎮であり、父マリウスや叔父フェリスの魔法の師でもあり、いまは王太子ルーファスの師でもある。


「な、なんでもないのです」


「そうは見えませんがの」


「……先生は」


「ふむ?」


「いつ頃、結婚なさったのですか?」


「………? それは随分昔の話の話ですな。……どうされました、ルーファス殿下。フェリス殿下の結婚が羨ましくなられましたか? レティシア姫、とても可愛い方ですものな」


「……いえ、そんな! ……先生もレティシア姫にお会いになったのですか?」


「私は王弟妃殿下の魔法学の講師の名誉を頂きました。すなわち、ルーファス様もレティシア様も私の可愛い生徒ですので、御二人とも我が門下となられますな」


「そ、そうなのですか。それは光栄です」


何故か赤くなってしまった。本当に、あのちびの話になると、僕は変だ。


そう言えば、そうだ。おばあさまの御茶会のときにフェリス叔父上も仰ってた。レティシアも、マーロウ先生に魔法を教わってるんだよ、て。


「まだ一度お会いしただけですが、レティシア姫はディアナにいらしたばかりで何もかも珍しくて仕方ないらしくて、私の話を貪るように聞いて下さいましたよ。とくに、御夫君になられるフェリス様の話を熱心に聞いておいででした」


「それは、そうですよね……」


ちびは叔父上と逢ったばかりで、叔父上のことを何も知らないからな。そりゃあ聞きたくて当然だ。叔父上のこと、何も知らない癖に、何故あんなに叔父上の為に一生懸命なのだろう?


「ルーファス様は、レティシア姫が気がかりで? フェリス様と御一緒にシュヴァリエに行かれたのですよね。シュヴァリエは今頃、薔薇祭で美しい盛りだ」


「いいな。僕も行きたいな」


薔薇の咲き乱れる美しいシュヴァリエの道を、フェリス叔父上とレティシア姫が歩いてる。薔薇を一輪摘んで、フェリス叔父上がレティシア姫の金髪に飾る。


そんな絵が浮かぶと、なんだか、ルーファスは不機嫌な顔になった。


婚約者なんだから、薔薇くらい摘んであげて当然だ、と思うが、楽しくない。


「……殿下も、許可が下りるようなら、行かれるとよい。シュヴァリエはいまが一年で一番いい時分です」


マーロウ師の歳ふりた優しい声を聴いていると、勝手につまらない妄想をして不機嫌になっている自分が恥ずかしかった。

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