第262話 ディアナの守護神の怒りを鎮めたい
「ええい、あの落雷は、誰の仕業かわからんのか、この無能魔導士め! それでよくガレリアの守護の筆頭魔導士なぞ名乗れるな!」
「申し訳ありません、猊下……」
リリアの大司教カルロは苛立ちとともに魔導士を責めた。
「神殿の神聖魔導士にもわからんのか、カルロ?」
「は。陛下。申し訳ありませぬ……」
ガレリア王ヴォイドも、玉座から問うた。
「レーヴェ神の怒りだと、ガレリアの民は怯えている。……神の怒りなぞということが本当にあるのか?」
ガレリアの王ヴォイドはうろん気に尋ねる。
目の前のリリアの大司教を見ていても、神がかりの有難さのかけらも感じない。
言っては何だが、俗世の垢に塗れて見える。
これはリリア神が遠き天におわす我が国だからで、ディアナにいけば、レーヴェ神が地にあって、竜の気配にでも満ちているのか?
「レーヴェ神は、穏やかに眠る竜の神ですが、ときおりディアナを守るために、目覚める記述が歴史書に見受けられます」
王から尋ねられ、筆頭魔導士サウルは応える。
だが、五十五歳のサウルとて、他国の神の御業など探知できた覚えはない。
魔法省は、リリア神殿の指図によるリリア僧の行き過ぎた動向に、異論を唱え続けている。
ガレリアの魔法省は鉄壁でも何でもない。ディアナと一戦構えて、ディアナの魔法省とやりあって勝てるなどと、サウルも魔法省の人間も自惚れてはいない。向こうの層の方が厚い。
神殿の長であるカルロの自信が何処から来ているのか知らないが、噂のレーヴェ神のディアナへの加護のようなリリア神の神殿への加護も感じない。
「そなたは民の言うように、落雷はレーヴェ神の怒りだと申すのか?」
「い、いえ、そのような、畏れ多い……。ただ、我らの張り巡らせた結界を、超えられる魔導士など、フローレンス大陸にも幾人もおりませぬ。集団で行ったとすれば形跡が残る筈ですが、それもありませぬ」
天を掻き分けた侵入の形跡が掴めない。
「ディアナでの、リリア僧の捕縛にはディアナ王弟が絡んでいるのであろう? 落雷にも、あれが絡んでいるのでは?」
「フェリス王弟殿下は、幼い頃、非常に強い魔力をお持ちでしたが、十五歳を境に強い魔力は失われた、と言うことになっておりますが……あまりこの話は信じられておりませぬ。魔法で生計を立てるような御方ではないので、あえて魔力を内外に示す必要もないでしょうから」
「フェリスが己の魔力を隠しているとしたら、何の為だ?」
「……ディアナでは、魔力の強い者は、レーヴェ神の加護が強いことになりますから、王位を巡る争いを避けられたのでは? とも言われておりますが……推察の域は出ません。そしてフェリス王弟殿下にしろ、配下の魔導士の術にしろ、我らはその痕跡を掴めておりません」
「ええい、この役立たずめ! さがるがいい!」
サウルはカルロの罵りに首肯して、ヴォイド王の御前を退いた。
ディアナ側の仕業だ、フェリス王弟の仕業だ、の返事を王と大司教に待たれていることはわかるが、ガレリア魔法省としては、何の証拠もないことは言えない。
何でもかんでも、根拠なく邪神レーヴェの仕業にしている、迷信深いカルロ大司教などに叱られるのも腹立たしかった。
そもそも今度の不祥事も、王がカルロ大司教を増長させたからでは、いらぬ遺恨を持たれたのでは?とさえ思う。
「神殿の破損は、カルロ、そなたの座所のみなのか?」
「はい。陛下。御心配をおかけしまして……」
心配している訳ではない。
局地的に狙ったのなら、随分的確だと、感心している。
精度がいい。
「民も不安がるし、他国への威信にかけても、神殿の再建を何よりも急がせよ」
「畏まりました」
何事かあると、魔法で繋がれた伝令により、一瞬にして、世界各地に知れ渡るというのも困ったものだ。
ガレリア王都リリア神殿に落雷、と、ディアナで大量のリリア僧逮捕の報告が、一夜にして、フローレンス大陸を駆け巡り、すわ、ディアナのレーヴェ神の怒りか? とガレリアが笑いものになっている。
ディアナからは「リリア僧による拉致未遂に大いなる遺憾の意、度重なる恣意的な不祥事への抗議、リリア僧の行動制限」が示されている。
「陛下、愛するガレリアの民たちがレーヴェの怒りを畏れて、レーヴェ神殿に参っています。口惜しゅうございます」
しおらし気にカルロ大司教が訴える。
「……余にそれをどうしろと? そもそもそんなことは、そなたの徳のなさのせいではないか?」
ガレリアにも、派手なものではないが、レーヴェ神殿もある。
落雷に怯えたガレリアの民たちが、レーヴェ神に怒りを収めてくれ、私達は何もしてない、と苺だの野菜だの魚だのを供えることまで規制できまい。
それで気がすむなら、レーヴェ神殿への参拝くらいさせておけ、としか思えない。
「レーヴェ神殿に参ったからとガレリアの民を傷つけでもしたら、そなたは即解任とする。神殿への落雷で解任されてないだけでも、感謝せよ」
「陛下、お待ちを……!!」
うっとおしげにそう言ってから、こやつを解任して、落雷の責を負わせるのも悪くないかもしれん、とヴォイド王は思った。
リリア神も天の落雷から大司教を助けてくれない程度には、カルロは私腹を肥やしているので。
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