第260話 ちいさな奥方
「レティシア様、お帰りなさいませ」
「ただいま、ハンナ」
「レティシア、疲れてるだろうから、部屋に軽食を運ばせて、このまま寝んでもいいよ?」
「ダメです。昨日も、夕食時に私達出かけちゃったから、きっとフェリス様に御馳走食べさせたかった御邸の方々しょんぼりしてるはず。今日は二人でおうちでうんと豪華なディナーを食べましょう!」
豪華なディナーて言っても、レティシアが作るわけじゃないけど(それはべつにいまの五歳のレティシアじゃなくて、たとえ二十七歳の雪がここにいても、フェリス様が食べ慣れてるような御馳走作れる気はまったくしないが……)
「……はい。僕の奥方の仰せの通りに」
なんだか、フェリス様のツボに入ったのか、フェリス様嬉しそう。
フェリス様のツボって謎なの!
謎なところで、よく喜んで下さる(いい人……)。
「まあ、レティシア様は、立派な小さな奥様ですね」
「立派な奥様は、抱っこされて馬屋から戻って来ないと思うの……フェリス様、降ろして下さい」
「レティシア、腕にちょうどいい重さだったのに……」
とっても残念そうに、フェリス様が部屋の前でおろしてくれた。
サイファよりフェリス様のほうが我儘なのでは……。
「では、食事に迎えに来るよ。着替えておいで」
「はい」
指にキスして貰って、フェリス様と暫しお別れ。……人を抱き上げて運ばないで欲しい、て思ってたのに、フェリス様が離れてくと、寂しい。
(こういうのを甘えたって……言うのでは?)
「お出かけ、お疲れになりましたでしょう、レティシア様?」
「あ、ううん。楽しかったから、少しも……」
ハンナに明るく話しかけられて、つい去っていくフェリス様の背中を見てたけど、振り返る。
背中も綺麗なんだよ、フェリス様。隙がないって言うかね、凛としたかんじ!!
さすが我が推し!!
「シュヴァリエの者たちは、レティシア様にお逢い出来て、喜んでおりますよ」
「そうかな。そうだといいな」
鏡の前の椅子に座らせて貰いながら、戸惑いがちに返事をする。
鏡の中のレティシアは可愛らしい女の子だけど、やっぱり、ちっちゃい!
どうやったって、ちっちゃいのだ!
さっきまで、フェリス様と二人だったから、このレティシアがあのフェリス様の奥方には見えないよねって。譲っても、可愛い妹……てかんじ。
「そりゃあもちろんですよ。みんなレティシア様に逢いたがってますもの。私など、レティシア様の身の回りのお世話を任されて、鼻高々です」
「シュヴァリエの自慢のフェリス様の奥さん、こんなに、ちっちゃくてがっかりしないかな」
「……レティシア様」
ちょっと気にしているレティシアに気づいて、ハンナは鏡の中で、ブラシ片手ににこっと微笑む。
「幼い王女様がいらっしゃることはお聞きしてました。フェリス様から、レティシア姫は、きっととても心細い思いで来るだろうから、皆くれぐれも優しくしてあげてくれ、て言われてました」
「フェリス様から……?」
逢う前から、そんなことまで、心にかけて下さってたんだ、フェリス様……。
「それにね! 本日レティシア様にお逢いした者たちは、これまでの十二年間で見たこともないような、フェリス様のお優しい御様子を拝見できて、心から喜んでいたと思いますよ! ハンナは嘘でなく保証できます! 私はお仕えしてて、こんなによく笑ってるフェリス様を初めて拝見してます」
「そ、そう? フェリス様、笑い上戸だから……」
「笑い上戸ではありませんね、それはレティシア様限定では?」
笑い上戸じゃないんだ、フェリス様! とレティシアは驚く。
「レティシア様はフェリス様を幸せになさってますから、どうぞ御年のことなどお気になさらず、自信を持って、どーんと構えて下さい」
「どーん?」
可愛くて、思わず繰り返してしまった。
「あ、いえ、どーんは変かも知れませんが……あの……本当に、レティシア様がいらして、楽しそうですよ、フェリス様」
「だったら嬉しい! ありがとう、ハンナ!」
「え。あの。レティシア様、もったいないことです……!」
思わず、感極まって、ぎゅむー!! とハンナに抱き着いてしまった。
幸せだったらいいなあ、フェリス様も。
レティシア、フェリス様のおかげで、いま、とっても幸せだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます