第254話 運命がレティシアを連れて来た


「フェリスよ、恋敵を召喚するとは、なかなか大人だな」


「誰が恋敵ですか」


「レティシアとはサイファの方が親しいのではないか?」


んん? と執務机に座りながら、レーヴェは楽しそうだ。


「それは否定しませんが……。いいんです。もともと、僕の恋敵は千年以上生きてる竜だったり、主の姫を失うと飢え死にしかける白馬だったり、我儘な人類以外ばかりです」


「オレはフェリスの恋敵なんて卑俗なものではないぞ。レティシアはオレの娘だからな。政略結婚の旦那のフェリスごとき、オレの相手ではないわ」


「何故、そこで無駄に威張ってるんです……そもそも僕達の結婚があるから、レーヴェはレティシアの父になれるのでしょうに……」


隙あらば、意味不明な言い分で威張らないで欲しい、と、フェリスは読んでた書類をレーヴェに軽くぶつける。


「……サリア人の出生率と死亡率、及び治療環境について?」


頭に降って来た書類の内容を、レーヴェは読む。


「レティシアがサリアの寿命は、ディアナより短い、と言っていたのが気にかかっていて。……治療士や魔導士が少ないことや、栄養状態の問題なのかな、と調べてるんですが……レティシアの御両親も流行り病で亡くなっていらっしゃいますし……」


「……ディアナの麗しの王弟殿下よ。愛しいレティシアの国だからって、他国の内政に干渉はいかんぞ? おまえもよそからやられると、イラッとして、神殿とか壊すだろ?」


「御意。決して、内政干渉の意図はありませんが、市井の治療環境等の向上があるといいかなと」


「イザベラ王妃はフェリスに興味津々で、また逢いたがってたな?」


「……母を亡くした幼い姫から、母の形見を盗むような外道な方に気に入られましても……。早々に、レティシアから奪ったものを、レティシアにすべて返して頂きたいです。……うちの義母上は僕には苛烈な方ですが、まさか、僕から母のものをとりあげたりはなさいませんでした。世の中には、嫌な意味であらたに驚かされる方がいるものだと、心の底から、軽蔑しております」


「フェリスのところは、フェリスがちびの頃はまだステファン生きてたからな、あてにならんステファンとは言え。マグダレーナも若くて自制がもう少し効いてたし。……レティシアは両親いっきに失くしてるし、レティシアを幼い女王にしたかった者もいるみたいだから、だいぶレティシアは、あの叔母さん夫婦にガツンとやられたんだろうなあ」


「レティシアが、そのとき、サリアの女王になってたら、ここにはいないのですね。……不思議な気がします」


レティシアがサリアの女王になってたら、サリアの為にはそのほうがよかったのでは? と現サリア王妃の叔母君をフェリスの眼で見た限りでは思うが、そしたらあの子はここにいないのかと思うと、春の盛りと咲き匂う薔薇の花がすべて散ってしまったような、空虚な感覚に襲われる。


「だが、運命は、サリアの姫を、ここに連れて来た。そして、フェリスはレティシアに逢ってしまった。あの娘は竜の国の妃になり、このオレの娘になる。フェリスもオレもディアナの大地も、もうレティシアをたいそう気に入ってしまった。……愉快なイザベラ王妃が何を焦ろうと、それはもう書き換えられないさ」


「……いちいち、オレの娘を強調しすぎです。何度も言いますけど、おじいさま、僕のレティシアで、レーヴェのレティシアじゃありませんから」


「我が子孫よ、そんなに偉大なじいちゃんを無下にするもんじゃないぞ。レーヴェはレティシアを気に入ったとなると、レティシアの安全度、人界以外でも、ずいぶん、あがるぞ」


「それはそうですが……、ああ、レーヴェ、サリアは、どうして魔法の習得を望まなかったんでしょう? そういう国もあるのは理解してるのですが、ずっと鎖国するならともかく、外国との関係上、どうしても不利になる気がしますが……」


「レティシアを見ててもわかると思うが、サリアの古い民は、魔力はむしろ高かったんだよ。サリアの過去の為政者が、何を封じる為に魔法を使う事に制限をかけたのか、オレにもわからんが……、もう少し、時代にあった暮らしをした方がいい気はするな」


どうか私より先に死なないで、と、十二歳も年上のフェリスに無茶なお願いをする、愛しい姫の為に、レティシアの生まれた国のことも、余計な干渉にならぬ範囲で、そっと気にかけていきたい。


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