第253話 レティシアとサイファ

「サイファ」


お夕食前に、サイファのところに行って来てもいいよ、と許可頂いたので、レティシアは一人で、サイファの厩舎にトコトコと遊びに来た。


嬉しい。サイファと二人っきりで話したいこといっぱいあったのだ。


「新しいおうち、気に入りそう? だいじょうぶ?」


「………!!」


こちらに慣れないサイファだし、大丈夫かな? と思ってたけど、気難しいサイファにしては、新しいおうち、わりとご機嫌そう。


「久々にブラッシングしちゃう?」


ブラシも借りて来た!! サイファは大きいから、ディアナに居た頃から、レティシアはサイファの全身梳けるわけじゃないんだけど、ブラシがけは愛馬との基本の会話! と教えて貰ってるので。


「………、………」


ブラシ無理しなくていいよー、レティシアー、と言いたげにサイファが笑っている。


「サイファ、フェリス様見た!?」


「………、」


見た、と言いたげなサイファはちょっと不遜な感じだ。


「サイファみたいに、すっごく綺麗な人でしょ?」


「………」


ええー、とナルシストの白馬は不満げだ。


「フェリス様ね、初めて逢った時にね、レティシアは僕に属する人になるから、必ず僕が守るから、て言ってくれたの。……それを聞いたときにね、サイファがここにいればいいのに、て思ってた。思ってたより、レティシアの婚約者さん、いい人そうじゃない? てサイファに話したいって。フェリス様にその話をしたの」


サイファの白く長い尻尾がパタパタ揺れる。


「そのときに、フェリス様、レティシアのサイファもディアナに呼ぼう、て言ってくれたけど、私は婚礼の出発前に、叔母様にあんなに泣いて頼んでも許して貰えなかったから、無理だって思って、期待してなかった」


無理だから、ダメだから、と却下されることに、だんだん慣れてしまって。

いろんなことを、何も、期待できなくなってしまってた。


レティシアが言っても、どんなに頑張っても、どうせ無理だからって。

でも、諦めてる場合じゃなかった。友達の命が、かかってたのに。


「私が諦めてしまってたのに、フェリス様、サイファを諦めないでいてくれたの。おかげで、私はサイファに逢えたの」


「…………、」


ヒヒーン、と、サイファは嘶いて、レティシアの涙を舐める。


「ありがとー!! だけど、私、べちゃべちゃ、サイファ……」


「…………、」


「くすぐったいって……、ダメだよ……サイファ、ほら。いつか、フェリス様とレイに、私とサイファの二人でこの御恩返そうね! 私、よわよわになってて、何も頑張れなくなってたけど、……何度ダメって言われても、もう、二度と大事な事は諦めたりしないからね! サイファに誓って、約束するね!」


フェリス様が諦めないでいてくれたから、サイファが生きて、レティシアと暮らせる。


レティシアがいろんなことを諦めることは、それだけ、レティシアに関わるものが、本来受けられる筈の周囲からの配慮を受けられない。


もっと強く、賢くならないと、レティシアの愛するものを守ってあげられない。


「………、………」


サイファはペロっとレティシアにはまだ大きい琥珀の首飾りを舐め、レティシアの髪から不機嫌そうにフェリスの匂いを嗅ぎ、フェリスの立派な愛馬シルクの方を見て、ヒヒーン! と尊大そうに嘶いた。


たいへん我儘なサイファではあるが、義理堅い性格なので、レティシアの心の中の一番の座をフェリスに脅かされて不本意ながらも、フェリスから受けた借りは、地味に返していく方針である。


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