第247話 王妃の首飾り

「こ、これは、……これは……ようこそ、フェリス様」


イザベラは息をのみ、侍女も異国の優雅な貴公子に見惚れた。こんな美しい男を生まれて初めて見る。


「わ、私もいま、お問合せ頂いたサイファの様子を見に来たところでしたの。……こんなところまで急にいらっしゃるなんて、レティシアはよほどサイファの様子ばかり心配していましたの?」


「いいえ? レティシアは、あんまり何も望まないので、僕が彼女の大事なものを呼び寄せてあげたくて。……何しろ、ディアナ人は、王女が嫁入りもとなると、寂しがらぬように、馬も侍女も魔導士も何もかもみんな連れて行かせるようなお国柄ですので、身一つで寂しそうに参りました我が妃が不憫でならず……、ええもちろん、サリアではきっと仕来りが違うのでしょうが……」


物憂げにディアナの貴公子は告げた。


「ま、まあ、そうですの? 私も愛馬くらい連れて行けばいいのに、と申したんですけど、レティシアは一人で参ると聞きませんでしたので……」


そりゃ王妃様の嘘だよなあ、レティシア姫さん泣いて嫌がってたのに、サイファのこととりあげたじゃん、おかげでサイファ死にかけるしよぉ、ていうかこの魔導士、レティシア姫の旦那の王子なのか、そりゃそうだな、魔導士にしては男前すぎだな、と厩番の顔が言っていた。


「……では、叔母様、わたしたち、このままサイファをディアナに連れて行ってもかまいませんか?」


レティシアは、王妃の過去の嘘を攻めるより、言質をとろうと必死だ。


おばさまは嘘をついている。


サイファのことにしても、母様のお道具類にしても、レティシアの願いは何一つ聞き入れられなかったのだ。


でも、レティシアには怖い叔母様だけど、何故かフェリス様には弱いみたい……? 


ディアナの王子と争いたくないからかな……?


「も、もちろんよ。サイファは連れて行きなさい。……フェリス様、王宮内には美しい私の娘アドリアナもおります、ぜひ、ご一緒に御茶を……」


「突然の無礼者に、優しいお誘いをありがとうございます。ですが、我が領地の一年で一番大事な祭を抜けて参りましたので、すぐに帰らねばなりませぬ。……戻る前に、私のささやかな願いを叶えて頂けますでしょうか?」


「な、何なりと」


「……王妃様の、その首飾り」


「こ、これですか?」


フェリスがそう言うと、イザベラは琥珀の首飾りに手をやった。


「私の国では、結婚の祝いに、何か古いもの、何か借りたもの、何か新しいもの、何か青いもの、を身につけると幸せになれる言い伝えがあります。それはとても古い首飾りとお見受けします。……結婚の祝いに、その首飾りを、我が妃レティシアに頂く事は可能でしょうか?」


「そんなに古かったかしら……? これは義姉上が気に入っていたものですけれど……、よろしいですよ、フェリス様がお望みなら、この首飾りはレティシアに。……ですが、フェリス様、レティシアはとても変わった娘です。お話はあいますか? あわないことはないですか? もしお話があわぬようなら、当家にはアドリアナという素直な可愛い私の娘もおりまして……」


いまいち何を言ってるのかわかりにくいな、この人、と冷たい碧い瞳で見下ろしつつ、レティシアの母上の首飾りをレティシアに戻せるとの返事を得て、フェリスの唇には微笑が浮かんだ。


「……僕は、生きている人のなかで、レティシアほど話があう娘に逢ったことがありません」


レティシアかレーヴェで、レーヴェが生きてる人かっていうと、かなり違うだろから、とフェリスは思っている。


「そのような得難い王女レティシアと出会わせて下さったサリアの王家に、心からの敬意をはらいます。……王妃様には私からささやかなお礼の品を」


イザベラと侍女の前に、宝石箱がふたつ現れた。


一つはからで、宝石が納められるのを待っている。もうひとつの宝石箱の中には、薔薇のモチーフの紅玉石の首飾りと耳飾りが鎮座している。


「まあ、美しい……」


「素敵ですね。なんて見事な細工……」


「サリアに伝わる大切な琥珀の首飾りに叶うべくもありませんが。ディアナでこの冬、話題になっていた首飾りです。お納めください」


イザベラ王妃は、その紅玉石の首飾りを気に入ったようだ。侍女の手を借りて、レティシアの母の琥珀の首飾りを外し、華やいだ様子で、紅玉石の首飾りをつけている。イザベラの首から外された琥珀の首飾りは、侍女の手で宝石箱に収められ、フェリスのもとへ届けられる。


フェリス様、とレティシアはフェリスの袖を引く。


母様の首飾りを叔母様から返して貰えるのは嬉しいけれど、あの紅玉石の首飾りは、宝石に詳しいとは言えないレティシアの目にさえ、とてもささやかな品には見えない。もしや、大変高価な品と、母の琥珀の首飾りを取り換えて下さったのでは……。


「フェリス様、あの……」


「レティシア。叔母様に名残は尽きないけど、サイファとともに帰ろうか?」


「は、はい……!!」


叔母様に名残はちっともないけど(むしろ早くお別れしたいけど)、サイファを早く安全なディアナに、シュヴァリエに連れて帰りたい。


……あれ? 


……いつのまにか、レティシアにとっての安全な場所が、サリアでなくて、ディアナになってる。


(当然だとも。オレの可愛い娘よ。愛馬を連れて、早く帰っておいで)


「え。精霊さん!?」


ふと精霊さんの声が聞こえた気がして、フェリス様のおうちの外でも精霊さんて活動できるのかな? とレティシアは不思議がる。


何となく、フェリス様のおうちに憑いていらっしゃるのかと思っている。本宅とシュヴァリエ領はフェリス様のおうち圏内だから……。


(それを言ったら、オレの可愛い娘の実家だって、オレの活動圏内になるんじゃないか?)


「どうしたの、レティシア? レ……精霊さんが何か言ってる?」


「早く、帰っておいでって……」


「ああ。あの人、きっと、フェリスが一人でやりゃあいいのに、わざわざレティシア連れて行って泣かすなよ、てぼやいてるよ。ごめんね、レティシア。ただ、サイファの安心の為にレティシアに来てもらったほうがいいと思ったんだよね」


「私のサイファのことなのに、私が留守番なんてありえません!」


いけない。


フェリス様にしかわからない話をして不意に涙を零したレティシアを、イザベラ叔母様が気持ち悪そうに見ている。また、奇妙な娘だと言われてしまう。でも、叔母様にどう思われても、精霊さんのお話は、フェリス様にだけ通じてたら、いいかな……。


「………、………」


「くすぐったいよ、サイファ」


サイファが、泣いてるの? 大丈夫、レティシア? と顔を寄せて来る。


さっきよりずっと元気そうで、まるでいつものサイファみたいで嬉しい。


早く一緒に帰って、サイファとフェリス様と、さっき歩いてたシュヴァリエの道を歩きたい。


サイファ、フェリス様の愛馬のシルクと仲良くできるといいな……。


「美しいイザベラ王妃、大変な御無礼をお許しください。お逢い出来て大変光栄でした。当家はいま、薔薇祭の最中ですので、これにて失礼いたします。御婦人方が好まれる薔薇の品々を、後ほどお届けしますね」


フェリスは口上を述べ、転移魔法をかける為に、レティシアを腕に抱いた。安心させるように、サイファにも手を触れている。サイファは、フェリスとレイとレティシアと自分の身体が光に包まれていくのを珍しそうに見ている。


「フェ、フェリス様……! また、またいらしてくださいませ……!」


「ひぇー。レティシア姫さんのお婿さん、見たことないような男前の魔法使いなんだなあ……? なんか神々しかったなあ、おい」


「レティシア姫様ーお幸せにー。サイファー。達者で暮らせよー」


 のどかに手を振るサリア宮の厩番たちに手を振り返しながら、まあまあ地味だったろう? とフェリスがレイに確認すると、そうですねぇ、レティシア様の為に大人におなりですよねぇ、フェリス様は、と苦笑気味に合格点を出していた。

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