第246話 レティシアの婚約者

「……これは! お迎えが遅れまして、申し訳もございませぬ!!」


白い衣装の魔導師が、転ばんばかりにこちらへ走ってくる。


なんだよ、今日は、千客万来だな、と厩番の二人は目を見かわしている。


「こちらの、こちらの不手際により、ま、まさか、おん、おんみずからいらして頂くとは……! お逢い出来て光栄の至り……!」


「久しいな、マルロ導師。レイに怒られるから、もっと地味に歓迎してくれ」


何とも言えない顔をフェリスがしていて、力を注がれたサイファが目に見えて元気になったので、レティシアも笑える余裕が出て来る。


「……だれか! だれかある! レティシアの馬を手入れしている者は何処なの?」


かん高い女性の声に、レティシアがぴくりと震える。


サイファが警戒した色を瞳に浮かべる。


「お、王妃様、このようなところへ、何も…」


悲鳴じみた侍女の声がする。


「………? サリアでは、王妃がよく馬屋へ様子を見にいらっしゃるのか? うちでは義母上が馬屋へ来ることなんてないに等しいんだが……」


「ここでも、初めてですよ!  何のお怒りなんだか…… 」


フェリスが不思議がり、厩番は震え上がっている。


「ほら、地味にならない。壊滅的なタイミングの悪さですね」


「これは僕のせいではないと思うんだが……」


レイの情けない顔に、フェリスは肩を竦める。


「厩番、サイファの様子が聞きたいわ! ディアナの王弟殿下フェリス様が気にしておいでなのよ!」


ドレスが芝生をすれる音がする。


レティシアの小さな手がぎゅっとフェリスの手を握る。


「大丈夫だよ、レティシア。せっかくだから、叔母上に結婚のご挨拶をしよう」


「フェリス様……」


安心させるように、フェリスがレティシアの金髪を撫でる。


「あ……母様……の……」


レティシアは王妃の首を飾る琥珀の首飾りを見つめて、小さく声をあげかけ、飲み込んだ。


母様の首飾り。

レティシアの瞳の色と同じでしょう? て母様が気にいってた首飾り。

どうして、レティシアは母様のアクセサリーを継承できなかったんだろう……?


王位に値しない、というのは、若年で、思慮が足りぬから、と言われたら、国難がたくさんあるいま、もっと強い人がサリアを守らなければ、と納得できるけれど、

母様のアクセサリーは……。


ううん。ダメ。そんなことを、いま気にしていても、ダメ。


きっとイザベラ叔母様は、母様の首飾りを気に入って、大事にして下さってる。


いまはそれよりも、サイファをディアナに連れて行くことを、どうにか、お願いしなければ。


「レティシア!? あなた、どうしてこんなところに……!?」


近づいてきた王妃イザベラは、寄り添いあうレティシアとサイファを認識し、目を見開いた。


「叔母様、御機嫌よう……」


レティシアはちいさな背中にサイファを隠すようにして立つ。

サイファは大きいから、レティシアでは、ちっとも隠せないのだが。


イザベラはレティシアの姿に、世にも哀れな様子で、サリアを旅立っていった惨めな小さい王女が、この春最新の流行の、柔らかな布地の美しいドレスを身に纏い、かつて見たこともないほど眩く輝いていることに気づいた。


この奇妙なことばかり言う娘は、こんなに美しかったろうか?


やはり、あのディアナの王子に纏わる不思議な力のせいなのか?


「いったい何が……!!」


「勝手に御邪魔して申し訳ありません。私の妃の愛馬の加減が悪いと伺い、心配で飛んで来てしまいました。……フェリス・シュヴァリエ・ディア・ディアナ、麗しの叔母上に初めてご挨拶申し上げます」


フローレンス大陸で一番美しいと謳われる王弟殿下は、にこり、と魅力的に微笑んで、親族になる貴人を見上げた。

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