第245話 幸せでいる、と約束した


サイファは泣きじゃくるレティシアに、大丈夫、と元気そうに振舞いたいようだが、やはり体力が減退してるらしい。もどかしげに小さく嘶いている。


「レティシア、彼を少し治療したいから、力を貸して?」


「…ま……、わ、たし、まだ、治療の呪文ならってな……」


レティシアは泣きすぎてうまく言葉が綴れない。


フェリスに、サイファを助けて、と琥珀の瞳だけで訴えている。


「うん。レティシアは元気になって、と念じてくれたらいい。僕が仲介するから」


「フェ……あるじ様。目立たぬようにね。目立たぬように……」


「大丈夫だ、レイ。激しく不愉快を感じているが、何も壊してない」


人間、何も壊さなければ、目立たないというものではありませんよ、基準がおかしいです、と遠い眼をしているレイをよそに、フェリスは右手でレティシアの手をとり、左手でサイファの身体に触れる。


「安全に移動できるように、少しこの子を治療していいかい?」


「そりゃあ、有難いですけど、魔導士様……、さすがディアナの王弟殿下の御計らいだねぇ……サリアじゃ、姫様の大事な馬とはいえ、馬にまで高価な魔法なんてかけやしませんよ」


フェリスの問いに、厩番たちは、珍しそうに、異国の魔導士とやらを眺めている。サリアの者にとっては、魔法そのものがとても珍しいのだ。


「サイファ。動いちゃダメ。フェ……魔法使いさん、優しいよ、怖くないから」


サイファはレティシア以外が自分に触れることをうっとおしそうに見ていた。

レティシアにも触れているフェリスを。値踏みするように。


「……誰がどんなことを言ったかわからないが、もちろん、美しい君が知っているように、レティシアはずっと君といたかったよ。離されたのは、レティシアの意志ではない。……レティシアが、僕に初めて逢った時、誰よりも君に、僕の話をしたいと言っていたよ。君の姫君は、君を必要としているよ。……迎えに来るのが、遅くなってすまない」


「………、………」


フェリスがサイファの耳に囁くと、サイファは納得したように、フェリスから流れて来る魔力の波動を受け入れた。それはサイファの愛しいレティシアの気を纏っていて、ずっとずっと焦がれていた波動だった。


「サイファ、ごはん食べなきゃダメじゃない。幸せになってねて言ったじゃない」


涙交じりのレティシアの言葉が聞こえた。


反省はしてる。


幸せでいるという約束を破った。


レティシアの望みは叶えようと思っていたのだが、『サリアの王女殿下の自慢の白馬』なんて、空虚な地位の維持に興味が持てなかったのだ。


王女という名がつくなら、誰でもいい訳じゃない。


サイファの小さい王女様はたった一人だったのだ。


「……ごめんね、サイファ。ちゃんと守ってあげられなくて。大好きだよ。逢いたかったよ。ずっと、ずっと、逢いたかったよ」


こちらこそ、だ。


どれだけ逢いたかったことか。


レティシアは竜の国にお嫁に行くと聞いた。


流石に、空も飛べるような神獣には、とてもサイファは叶わない。


だから、もう、サイファはいらなくなったのかと思った。


そんなはずはないのに。


あの子には何の力もなくて、ただ運命に、何もかも奪われるばかりで泣いてたのに。


サイファは、泣いてるあの子に、何も、してやれなかったのに。


「いっしょに帰ろう。フェリス様と一緒に、ディアナに帰ろう、サイファ」


「………、………」


我儘だとわかってるけど、この娘といたい。


一生、この娘を守ってあげたいのだ。


何処にいたいのではない、王家の馬でありたい訳でもない、ただ、この娘の傍らにありたいのだ。


「うん。一緒にディアナに帰ろう。大丈夫。身体には何も問題はないよ」


なるほど、この……にんげんが……レティシアの……、………ほんとうに、人間なのか、これ???


「サイファ!」


「おおー、すげぇ! 毛並みが輝きだした!」


「あんなに弱ってたのに……魔法てのは凄いんだねぇ……!!」


まわりから歓声のあがるなか、サイファはつぶらな瞳で、だいぶ怪訝そうにフェリスを見ていた。

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