第244話 大事な友達

「フェリス様、例の件なのですが……」


「………? じゃあ、急いだほうがいいね。もう、僕が行こう」


「……!? フェリス様が行かれたら、連絡をくれてるマルロ導師が焦りまくると思いますが……」


「誰にも見つからないようにこっそり行けば……」


「あなた、どうやっても目立つじゃないですか……」


「そんなことはない。僕は黒子のように地味で目立たないように、長年、研鑽を積んでいる」


「フェリス様の日々の様々な修練は存じておりますが、そちらに関してだけは、全く実ってないと思いますが……。それに誰にも見つからないで連れてきたら、それはそれで問題です。話は通しませんと」


「だって、いつまで待っても、話が通らないんだろう?」


「ええ。無能なのかやる気がないのか、両方なのか、話がちっとも前に動きません」


「では決まりだ。待ってても、きっと体調が悪くなるばかりだ」


フェリス様とレイが、何か、また漫才をしている。


「フェリス様? 何かお急ぎの件が?」


フェリス様がお忙しかったら、誰かつけてもらって、レティシア一人でお祭り見ようかな?


フェリス様と御一緒できないのは残念だけど、侍女の方とでも、お祭り、のんびり見て回りたいかも……。


「うん。レティシアも一緒に行って貰える? そのほうがその子が安心すると思うから」


「………? どなたがですか?」


レティシアぐらいの年齢の子のお見舞いにでも行くのかな?


「レティシアの大事な友達」


「……私、の?」


そんな人が何処に? と思うあたりが、残念過ぎるレティシアであるが、


そろそろ貴族の令嬢の中から誰かレティシアのお話相手をという頃に両親に不幸が降りかかったので、サリアにもレティシアの友達なんて……。


「うん。二人で、レティシアの友を迎えに行こう」


「………?」


舞踏会でダンスでも申し込まれるようにフェリスに手を差し出されたので、レティシアはつい手を出してしまった。そうしたら、このあいだ、むりやりフェリスに我儘を言って、宿屋の偵察に連れて行って貰った時と同じように、ふわん、と空間が揺らいだ。


「……フェリス様?」


花の咲き誇る春のディアナから、レティシアの瞳に写る景色は、冬深い場所に一変した。


「……ここ、は……」


人生で、二度と見ることはないのだろうか? と後にして来た、サリア宮殿。


最後は悲しい思い出に埋め尽くされたけれど、優しい父母の面影の宿る、壮麗なディアナ王宮に比べれば、それはもうささやかな、可愛らしい宮殿の、表側ではなく、地味な一角……ここは……厩舎?


「やっぱり、ぜんぜん食わないなあ。もうダメなんじゃないか?」


「だけどさあ、何とかして、食わさないとマズイよ。いままで、死んでもどうでもいいって言われてたけど、突然、レティシア様のところに送るとか言い出したんだよ。ディアナの王弟殿下の強いご要望だってさ。でも今更、そんなの無理だよ、こんなに弱ってるのに。輸送途中に、死んじまうよ」


厩番の男たちがぼやいている。


「じゃあ最初からレティシア様と一緒に行かせてやりゃあよかったのに。もともとこいつは王女殿下の言う事しか聞かない気難し屋だったのに、レティシア様から引き離したりして、最初から弱るのわかってたのになあ」


「名馬の誉れ高かったから、いまの王女様のアドリアナ様が乗りたかったんだってさ。でも全然、アドリアナ様のこと嫌って、乗せてやらないから、すんげぇ不興買っちゃったんだよ。……なあ、おまえは馬なのに、レティシア様一途の忠義者だよなあ。ここサリアの貴族の旦那供みたいに、風見鶏みたいに、調子よく王様変わったら、態度変えないと、ここじゃあ生き残れないぞー?」


「つーか。せっかくレティシア様が呼んでくれてんだから、頑張って食えー。おまえ、元気になったら、大好きなレティシア姫様んとこに行けるんだぞー? 食わなくて死んじまったら、大好きな姫様に逢えないんだぞー? しかもきっと死んだら、俺らが怒られる……」


姫様、と言う言葉に、弱った馬は、ぴくぴく時々、耳を動かしてる。


聞いてる。ぜったい聞いてるわ。ちゃんと言葉がわかるのよ。

いつも私の話を聞いてくれたもの。


レティシアの、一番辛いときも一番悲しいときも、あの子だけが知ってるのよ。


私の。


「サイファ……!!」


溜まらずに、レティシアは愛馬に向かって、走り出した。


フェリス様の許可を得なくちゃ、いま出ていいのかどうか、とか、頭の片隅にはあったのだけれど、たいそう立派だったサイファがぞんざいに手入れされ、すみっこの厩舎で、力なく横たわってる姿に、そんな理性が消し飛んだ。


「サイファ、サイファ……ごめんね、ごめんね……!!」


ぜったいに連れて行きたい、と。


一緒じゃなければ嫁になど行かぬ、と。


もっとサイファの為に頑張るべきだった。


何もかも諦めるべきじゃなかった。


いつもレティシアは間違えるけど、また間違えてしまった。


レティシアの手からは奪われても、サイファは美しい仔だったから、誰かのところで大事にされるのだと思ってたのだ。


ディアナでフェリス様にどんな扱いを受けるか、出立前は、レティシアも自信がなかったから、無理をして連れて行くより、そのほうがいいだろうと諦めたのだ。


こんなにサイファが弱ると知ってたら、何としても手放したりしなかったのに。


「サイファ……!!」


「………、………!!」


縋りついて来たレティシアのちいさな身体を、サイファはちゃんと理解した。


生気を失っていたつぶらな瞳が輝き、白い尻尾がパタパタと動く。


「お、王女殿下?」


「レティシア様、どうして……?」


厩番たちといえど、ちいさな姫様は知っている。レティシア姫は、ディアナにいるはずでは?


偉く立派な護衛がついてるが……。


「ディアナの依頼で、レティシア姫様とともに、サイファの受け取りに来た魔導士だけど、受け取っていっていいかい?」


空っとぼけて、フェリスが厩番に交渉する。


「え? ええ、そうなんですか?」


「またえらい男前の魔導士様が……、竜の国ディアナともなると魔導士様も違いますね……、オレらはいいですけど、上にちゃんと書類通してもらってます? 御覧の通り、サイファはいま弱ってますから、魔法で大事にして移動してくれるんならいいですけど、下手に長旅なんかさせたら、体力が持ちませんよ……」


「ああ。承知してる。だから僕が迎えに来たんだ。……主に栄養失調と気力減退で、サイファは身体の病気ではないんだよね?」


「そうですよ。まあ主を失った気鬱の病ですよね。お偉いさんたちは、馬に気持ちなんかないとお思いですけどね、一徹な奴は一徹でね。簡単には、主を変えられないんですよ」


「よかったなあ、サイファ。姫さんに逢えて」

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