第241話 竜王の眷属とサリアの姫君の婚姻について

「そう言えば、イザベラ様。レティシア姫は、ディアナのフェリス殿下のもとへ嫁がれたのでしょう? 本当に羨ましいですわ。サリアには、どんな外交手腕の優れ者がいらっしゃいますの?」


ファレナ国、王妃セリアは、お喋り好きの社交家だ。


ファレナは大きな国ではないが、彼女のサロンには当節流行りの芸術家たち、諸国の噂話が集まってくる。


レティシアの叔母、現サリア王妃イザベラは、王妃になって日も浅く、様々な事に慣れていないので、芸術より諸々の噂話や見識を仕入れることを目当てで、セリア王妃と茶会をしている。


「え……? いえ、そんな格別なことは……、たまたまお年頃がよく、ディアナの王太后様のお眼鏡に叶ったのかと……」


フェリス十七歳とレティシア五歳なので、八十歳と五歳よりは、年頃はいいかも知れない。


「まあ御謙遜。フェリス殿下と言えば、久方振りのレーヴェ竜王様の再来と噂される御方で、フローレンス大陸で最も美しい王弟殿下と言われる方ですもの。それはもう、降るように縁談がございましたでしょう。そのなかから選ばれるなんて、レティシア姫は、お小さいながら聡明な姫でしたが、もしやとても魔力も高かったりしますの?」


「い、いえ。当王家は、魔力は……」


ディアナといえば、竜の血を継ぐ国、と謳われてはいるが、王族もやはり何か、普通の王族とは違うのだろうか?


「まあ、違いますの? 何しろ、あの気難しいディアナの王太后様のお目に叶ったのですから、きっと何処かしら常の姫ではありませんわね」


「……ディアナは大変豊かな国だと思いますが、フェリス王弟殿下というのは、そんなに魅力的な方ですの?」


イザベラは、紅茶の茶器を弄びながら、不審げに問い返した。


余り物の、変人の、引き籠り王弟殿下と聞いていたのだが……。

何か違うのだろうか?


「あら、……御縁組されたのに、御存じありませんの? サリアはあまり、魔力に興味のないお国柄だからでしょうか? ディアナにはときおり、神祖レーヴェ竜王の力を強く継いだ方が生まれ、その方は人ならざる程美しく、聡明で、強い力をお持ちですの。もちろん一番、魔力の強い方が、王を継がれますが、稀に、王弟や王女が稀有な御力を持って他国に嫁いで、その国を非常に繫栄させますの。なので、フェリス殿下の婿入り希望の国も多々あった筈ですよ」


随分と何も知らないまま、御縁組なさったのですね、とセリア王妃から驚いた気配が伝わってくる。


「竜王の眷属として、国家を繫栄させる力をお持ちですの?」


動揺を悟られぬよう、イザベラはもっともらしい質問を返す。


正直、サリアにレティシアがいたら、レティシアに味方する貴族どもがうっとおしいので、もらってくれて有難いくらいで、レティシアの婚姻相手にさほど興味がなく、調べさせてもいなかったのだ。


「そうですね。そちらもですが、女性にはもっと魅力的な伝説もございますよ」


「何ですの?」


「レーヴェ様の血を多く継いだ方は、怪我をしにくく、大きな傷を負ってもすぐに癒える。歳をとりにくく、いつまでもお若い。……常に共にある、最愛の配偶者も、この恩恵を受けるのだそうです。レティシア姫はまだ幼いですが、もう少し大人になられてからなら、老けないことは、女性にはとても羨ましいですわよねぇ」


そんな話は全く聞いていない。


やっかいもの同士だし、大国ディアナと縁づくのにちょうどいい、と嫁がせたら、レティシアはそんな不思議な力を持つ配偶者を得たのか?


なんと、悪運の強い娘だ……。


子供の癖に大人のようなことを言う、嫌な賢しい目をした、本ばかり読んでいる娘だったが。


「それに、ラフィーノのような人気の画家が描いた、美しいフェリス殿下の肖像画が、芸術品として、とんでもない高額で、オークションで取引されるそうですわ。まったく現代の生きている伝説でいらっしゃいますわ。そのような御方と縁を持たれたレティシア姫も、本当に強運でいらっしゃいますわね」


そう言えば、ディアナからレティシア宛に贈られたフェリス王弟殿下の肖像画が紛失した。


もっとも姿絵など誰もが本人より美しく描くものだし、レティシアがフェリス王弟殿下の顔を見て美醜で婚姻を決めるわけでもないから、肖像画自体の紛失より、サリアとしては、外聞が悪いので、紛失をディアナ側に知れぬようにとだけ配慮した。


そんな話を先に知ってれば、フェリス王弟の持つ数々の幸運を与える為に、イザベラの実の娘のアドリアナのほうをディアナに嫁がせるべきだった、と後悔にイザベラは密かに唇を噛んだ。

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