第235話 王弟殿下、実は極甘
これまで機会がなかっただけで、ディアナの王弟殿下は、愛するものはとことん甘やかしたい性質である。
レティシアが戸惑うくらい、愛しいと思ったレティシアに関しての採点も何もかも甘すぎだし、実は、兄のマリウスに関しても、かなり採点は甘い。
兄のマリウスが竜王剣を抜けるの抜けないのと噂で言われても、いったい何を言っているのか、くらいで全く意に介さない。
兄上は竜王剣の儀式をきちんと終えているのだし、もしも何らかの理由で、伝説の宝剣が抜けなくても、兄上は王としてちゃんと務めている、と非常に現実的な判断を下している。
(ただ、レーヴェの剣が認めないとなると、ディアナの皆は許さないかも知れない、という意識はある。なので、竜王剣の噂の件は、早めに収束させたかった)
レーヴェの気配を好む剣、と竜王剣の説明をレーヴェから聞いて、まずフェリスが思ったのは、では、自分は竜王剣からできるだけ遠ざかっておこう、だ。
どう考えても、現世でいちばんレーヴェと親しいのはフェリスだと思う。
それはレーヴェが、寂しそうだった王宮のやけに魔力の強い孤児を憐れんだだけで、『竜王陛下の地上の代理人』とも『竜王剣の使い手』とも関係ない話だが、レーヴェとは毎日のように話しているから、レーヴェの気配はフェリスからするかも知れない。
そんな心配はないと思うが、間違ってフェリスが竜王剣を抜きでもしたら、義母上がもっと発狂する。
それは避けたい。
(ディアナ人の感覚で言うなら、そもそもレーヴェとこの世で一番親しい者が、ディアナの王になるべき存在なのだが、フェリスは妙なところが抜けていると言うか、天然と言うか、そこはちっとも考えていない。無意識に、優しい兄からは何も奪いたくない、と思っているのかも知れない)
「フェリス様」
「レティシア、早い? もっとゆっくりがいい?」
「いいえ。大丈夫です。楽しいです!」
春爛漫のシュヴァリエの地を、フェリスはレティシアを抱いて、馬を駆る。
レティシアは珍しそうに辺りをきょときょとしている。
母を失って、最初にここに一人で赴任してきた幼いフェリスに、十二年後、小さな可愛い花嫁と春にここを訪れることになるぞ、と言っても、きっと信じない。
何を言っているんだ、馬鹿なのか? と氷のように冷たい眼で見上げる自信がある。
でも、あの頃の不機嫌顔の小さいフェリスが逢ったとしても、きっとレティシアを一目で気に入ると思う。
「きゃー! フェリス様、いちごですー! 野イチゴたくさん! 摘みませんか!? 摘んではダメでしょうか?」
レティシアは可愛い帽子のリボンを春の風にはためかせながら、いちごを発見して大ご機嫌だ。
いまの僕も昔の僕も、こんなにおもしろくて、可愛い王女様、放っとけないでしょ……。
「あ、フェリス様、また笑ってる」
「うん。野イチゴ摘みたがるうちの王女様、おもしろいなって……」
「だって、なかなか、いちご摘み、王宮ではできないでしょう?」
「レティシアの為に、帰ったら、本宅にもいちご畑を作らせるよ」
「本当ですか? それはとっても魅惑的です!」
いちごにはしゃぐレティシアは、何だか呼吸してるだけでも楽しそうで、王宮暮らしでのフェリスの憂いも、春の青空に解けていくような気がした。
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