第234話 たとえいつか
王の円卓に座る誰もマリウスを怪しんでいないし、最愛の弟フェリスもマリウスを疑ってなどいないが、どうしてもマリウスを王にしたいあまり、母上は許されない嘘をついたのだ。
竜王剣は、マリウスを選んでいない。竜王剣の選択は、レーヴェ様の、竜王陛下の御意思。竜王陛下は、マリウスを王に選んでいないのだ。
リリア僧が竜王剣の噂を撒いたのは、もちろんディアナの為ではないだろうから、それには厳しく対応しなくてはならない。そのようなところから、他国につけいられてはならない。富めるディアナをよく思わぬ国はガレリアだけではない。
世界は優しい心だけで構成されている訳ではない。
生まれた国を、ディアナの民を、侵そうとする者の手から、守らねばならない。
たとえいつかマリウスが王位継承に関する虚偽の罪を暴かれて、断罪され玉座を追われることになろうとも、ルーファスはまだ幼いが、我が国にはフェリスがいる。
怖れることはない。父を亡くしてから、ずっとフェリスと共に国を守って来た。
真実が露見したとき、母とマリウスがどのような裁きを受けることになるにせよ、きっとフェリスが、最愛のディアナも、罪なきルーファスやポーラも守ってくれるはずだ。
だが、家臣や民に嘘を裁かれるよりも、フェリスが真実を知ったら、どんな顔をするだろう、と思うと……。
王などやっていると、本当にすべてのことを話せる友人はいない。
マリウスにとって、いちばん近しいものが王妃であるポーラと、母の違う弟であるフェリスだ。
もちろん、フェリスのことは、すべてはわからない。
マリウスにはわからない辛い事が、フェリスにはたくさんあったはずだ。
だけど、ほかの誰の信頼を失うより、フェリスの信頼を失うことが哀しい。
たった一人の弟で、年下の聡明な友人。
この恐ろしい虚偽が露見したら、フェリスはいままでのように優しい瞳でマリウスを見てはくれないだろうか……。
(私の大事なマリウス、あなたは王になる為に生まれた子なの…)
それが母マグダレーナの唯一の支えだった。
何も知らなかった頃は、マリウスは母の夢を叶えてあげたいと思っていた。
父が母をまったく愛してなかったとは息子のマリウスは思わないが、母だけを愛した訳でもなかった。
お互いに、それについて語ったことはないが、マリウスもフェリスも自分は一人の妻しか持たない、と少年の頃から心に決めていた。そのことで嫌な思いをしてきた母を見て育っているからだ。
だから、マグダレーナが、茶会でフェリスに側妃を奨めたと聞いて、フェリスと同じように、何ならフェリス以上に、マリウスも失望していた。
それは、母が、人生で最も傷ついたことではないか。
なのに、五歳の娘相手に側妃を選ばせるとは何事なのか。
いったい何を考えているのか。
フェリスとは花嫁の年齢があわない、とのマリウスの抗議を無視して、あの婚姻話を奨めたのは母なのに。
(マリウス。あなたが王様だから好きになった訳じゃないわ)
ポーラがそう言ってくれた時に、不思議なことに、人生で初めて、肩の力が抜けた気がした。
物心つく前から聞かされてきた母の言葉もあって、王でない自分は、まるで価値のないもののように思っていたことに気づいた。
誇れる息子で夫で、幻滅されない父で兄でありたいと思うけれど……。
「陛下、リリア神殿被雷へのお見舞いはいかがなさいますか? リリア僧の捕縛と重なって起きたため、レーヴェ様のお怒りなどと言われているようですが……」
「それは向こうが疚しいところがあるからだろう。……見舞いは丁重に。だがディアナ内でのリリア僧の行動には制限が必要だな」
さまざまに憂いは尽きないが、ディアナの玉座にあるかぎりは、王として恥じない働きをしたい。
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