第233話 竜王陛下であれば
弟が出来がよすぎると嫌ではないかと、酒宴の戯言交じりに友に尋ねられたことがあるが、マリウスにとって弟は常に守ってあげたい存在だった。(残念ながらマリウスの力は足りず、いつも母から弟を守ってあげられなかった。大人になったいまですら、そうだ。むしろそちらのほうに本当に嫌になる)
己の不甲斐なさにがっかりすることはあれど、弟を疎んじたことなどなかった。
マリウスの家は千年続く竜の神の血をいだく王家なので、他家とはやや異なった家庭事情もあり、兄弟としてのあり方も同じではないかも知れないが……。
「……フェリス、不心得でしょう!」
たとえば、剣の稽古で、マリウスが弟に負ける。そうすると、小さな弟が母に叱られる。それが嫌だった。マリウスは王太子であったから、同年代の皆がマリウスに勝ちを譲る。
だけど、べつにそれはマリウスの望んだことではなかったし、マリウスは弟にまでそんなことをして欲しいと思ってなかった。
「……母上?」
「年長の兄を立てるものです! 己の技ばかり追って、人を立てられぬのは、強欲な者の技です!」
「……。ごぶれい、いたしました」
今はすっかり慎重で、老獪になった弟のフェリスも、その頃はまだ自分の能力を隠す事は覚えてなくて、ただ、子供らしく、ありのままに、皆と剣の技を競ったり、魔法の腕を競ったりしていた。
それが、母上の気に障った。
「マリウス、あなたは王になるのです。王たる者は、誰よりも強くなければなりません」
「母上……でも」
それは違うと思った。うまく言えなかったけど。
いや、そもそも、自分が十も年下の弟に負けなければいいんだけど。
そのくらい、弟は何をするにも、規格外にできる子だったんだけど。
問題は、そこではないのだ。
「りゅ、竜王陛下はきっと、そうは仰らないと思います」
母上は厳しい人であったから、マリウスが母に言い返す為には、それはもう、あらゆる勇気をかき集める必要があった。
でも、厳しくも優しいマリウスの母上が、フェリスのことに関してだけ、いつもとてもおかしくなってしまうのだ。母の気持ちを考えたら、仕方のないこととは言っても、それが何より哀しかった。
フェリスが大切なのもあったけど、大好きな母にそんな風になってもらいたくなかった。
「どういう意味です、マリウス?」
「りゅ、竜王陛下ならきっと、何もかもを自分でできるなど、お、奢った者の考えだと仰ると……。お、王たるものは、剣は剣の得意な者に、ま、魔法は魔法の得意な者に任せ、得意なことは得意な者にそれぞれ割り振って、それを束ねるのが王の仕事よ。……つまり、あんまり、おもしろい仕事でもないわな、オレがオレがって奴には…て仰ると……」
「………」
母の言葉に、沈んでいたフェリスの碧い瞳が、ほんの少し優しい色に輝いた。
それは、マリウスとフェリスが二人で読んだ、竜王陛下の本の御言葉だったのだ。
(竜王陛下の御言葉集は、だいたいそんな風な、冗談めかした謎かけみたいな御言葉だらけだ)
竜王陛下自身は、人ではなかったので、ほとんど無敵みたいな方だったらしいが、
誰かや何かに完璧を求めるような性質の方ではなく、だからこそ、その当時、荒れ果てていたディアナの大地を、弱り果てていたディアナの民を、愛して護って下さったのだと。
ディアナにおいて、レーヴェ竜王陛下のようであれ、と言うのは、誰よりも強い男であれ、という意味ではない。
己より力の弱い存在を守れる者となれ、というのが本当の意味なのだ。
「……まあ、マリウス……ふふ。そうね。偉大なレーヴェ様は……、そう仰いますね」
そのときは、竜王陛下の御言葉がよかったのか、幸いにも、母に逆らったけど、母に怒られなかった。
後年、成長するに従って、フェリスの貌が凄く竜王陛下に似てきて(フェリス本人も困惑してたけど)、マリウスも竜王陛下が好きだったけど(ディアナ人ならたいがいそうだ)、母も竜王陛下がとても好きで、だから余計に…たぶん…悔しかったんだと思う。
自分が生んだマリウスが、母を裏切った父よりも、憧れの竜王陛下に似てたらよかったんだけど、悲しい事にそうはならなかったことが。
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