第232話 王宮に彼がいないことについて

「リリアの僧は、各国でこのようなことをしてるのか? 我が国、ディアナに遺恨あってのことか?」


マリウスは下問する。


「リリア僧は各地で布教は行ってるようですが、何か……我が国に関しては、レーヴェ様に対する憎しみのようなものを感じると申しますか……」


「竜王陛下に?」


レーヴェ神は全体に鷹揚な神なので、宗教的な抗争は少ない方なのだが……。


「はい。殊更にレーヴェ様を邪神と貶め、レーヴェ様を信じることは間違いだ、汚らわしい邪神信仰であり、陛下や王弟殿下を邪神の下僕などと説いていたようで……」


「何と不敬な!」


「忌まわしい者どもじゃ!」


「陛下、すべてのリリア僧の捕縛、あるいは国外退去をお命じ下さい。竜王剣の噂もあれらが撒いたとのこと。リリア神の教えの布教どころか、陛下の治世の転覆を企む悪しき者どもです」


「そうだな……、フェリスはどう思う?」


いつもの癖で、マリウスはそう問うていた。


「へ、陛下。フェリス王弟殿下は、休暇に……」


申し訳なさそうにそう言われて、マリウスも思い出す。


「ああ、そうだな。余がぼんやりしておった。このような折には、フェリスに傍らにおって欲しいな」


何時の頃からか、マリウスは、フェリスはどう思う? と尋ねるようになった。最初は、聡明なのに控えめな歳若い弟の意見を聞いてみたいと思ったからだ。いまでは誰の意見よりも、フェリスの言葉を信頼している。


「王弟殿下からは、竜王剣の噂を流して陛下の威信を傷つけた者には厳しい処罰を、人心を乱すリリア僧達には厳しく制限を、と申し送られております」


王が竜王剣を抜けぬ、と噂を撒いた者は、何を望んでいたのだろう?

マリウスの退位? 竜王陛下の威信の失墜? 竜の王家の名を落とす為?


そうして、その者は、本当のことを知っていたのだろうか……?


この場の誰もが、悪しき流言を流した者たちが捕縛されたことを喜び、マリウスが竜王剣を抜けぬ、などと不敬な事は夢にも思わない。


その信頼は有難いが、後ろ暗い気持ちのマリウスはよりいっそう孤独を感じた。


ましていまは、フェリスもここにいない。


「フェリスらしいな。……昨夜の捕り物にもフェリスが関わっているのだろう?」


「それは陛下にはお聞かせしてはならぬ、と王弟殿下が……」


マリウスは、竜王陛下の地上の代理人たるディアナ王だが、残念なことに魔力の少ない体質で、レーヴェの声を聴く力がない。


誰もそれを責めはしないが、マリウス自身がずっと気に病んでいた。


あまたの地上の王たちと等しく、いやそれ以上に王としてのマリウスの心は孤独であり、その孤独を癒してきたのは、心優しい王妃のポーラと、レーヴェ竜王陛下そっくりの美貌の弟だった。


(陛下……、兄上の優しい御心がきっと民を守ります)


フェリスがそう言ってくれると、まるで竜王陛下に褒めてもらったような気分になれた。


それは他の臣下ではとても果たせない役割だった。

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