第226話 婚約者と暮らす日々 11

「レティシア、どんな本が読みたいの?」


泣きやんだレティシアに、フェリス様が尋ねてくれた。


「えっと……嫁と姑のお話とか……」


真面目な顔でレティシアが言うと、フェリスが描いたような眉を動かす。


「……うちにそんな本あったかな? 対、義母上用に?」


「はい。私は、母から妃としてのありかたを教わる時間がありませんでしたので……本で少しは補えないかと……」


でも現代日本じゃないから、妻の心得、姑対策、なんてハウトゥー本はないかなー。


「うちの義母上はかなり独特というか……、レティシアより先に、僕が嫌われてるからなあ……」


フェリス様は苦笑してる。


この若さで、図書室で嫁と姑本探すのはどうなの、とは思うけど、フェリス様と二人で、本を見てるのは楽しいな。


「せいぜい、アリシア妃の本とか……、歴代ディアナ王妃の本があるかな……?」


「アリシア妃の本、読んでみたいです」


竜王陛下レーヴェ様の王妃。


いまのディアナの繁栄を築いたアリシア妃。


「アリシア妃の本は読み物としておもしろいから、人気の本だよ。嫁姑対策は載ってないけど。レーヴェの観察日記的な……」


「楽しそう~」


「じゃあ、これね」


「ありがとうございます、フェリス様」


高いところからフェリスが取ってくれたアリシア王妃の本を、レティシアは大事そうに抱える。アリシア妃とレーヴェ様との恋のお話とか、書いてあるのかなあ。


「ここで、フェリス様が読んでた本があったら、それも読みたいです」


レティシアはここぞとばかりにおねだりする。


「……ここで? ここでは、農地経営だの、法律だのの本を読んでたような……? あと、定番の魔法の本……、薔薇の栽培について知りたくて、薔薇の本とかも読んでたな……」


いまのレティシアくらいの歳に、こちらの領主となられたちいさいフェリス様が、ここで年齢に似合わぬ本に埋もれていた様子を想像すると可愛らしい。


ちいさなフェリス様もまた、誰にも尋ねられぬことを、本から知ろうと、この天井まで書架を埋める本たちに助けを求めていたろうか。


「あまりレティシアに薦められるような楽しげな本ではないかと……」


「楽しくなくても、いいのです。私くらいの歳の頃のフェリス様が読んでた本を読みたいので。そうしたら、その頃のフェリス様に逢えるような気がして」


「……姿だけでもよければ、いますぐにでも?」


言葉とともに、フェリスの姿が、現在の十七歳のフェリスから、五歳程度の小さな姿へと変化した。。


「きゃー!」


「これで、レティシアとおなじくらい?」


「可愛いですー! 眼福です! ちいさなフェリス様も推しまくれます!」


ううう可愛い! フェリス様のほっぺぷにぷにしていいかなー? ダメかなー? 


「ああ、小さくなると、本がとりにくいか……おいで、レティシア」


「……はい? あ……!」


手をとられるままに延ばすと、フェリス様と一緒に浮いていて、随分上の方の棚の前にいた。


「確かね、この魔法書、小さい頃に、使いやすかったかも……」


青い背表紙の本をフェリス様が上段の本棚から取り出す。


「この本の人、絵が上手なんだよ」


「あ、可愛い」


魔法の手順などを、丁寧に図解で説明してくれている。


確かに、これは、子供には嬉しい……。

あとは、字が読めない人にも、わかりやすいかも……。


「でしょ? これも読む、レティシア?」


「はい! フェリス様……?」


「ここでいつも一人で本を探してたんだけど……、レティシアと二人で本を探すと言うのも、楽しいものだね」


「楽しい、です! 私の読む本ばかり探して頂いてますが、フェリス様の読む本も探して下さいね……」


でも、ちっちゃいフェリス様、貴重だから、ずっと見てたいと思って、ちっとも本が探せないよー。


本を探す用と、ちっちゃいフェリス様を観察する用と、目が、よっつくらい、欲しいー!


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