第225話 婚約者と暮らす日々 10

「………、……おとう、さま」


涙が零れてくる。

愛情に満ちた声で、オレの可愛い娘、て言われると、レティシアが、お父様とお母様からとても大切にされて、愛されていた娘だったことを思い出す。


二度目の人生は五年しか生きていないけど、それでも4/5は大切に愛されていたのだ。


(気味の悪い娘、得体の知れない王女)


愛されていた時間より、虐げられた時間のほうが、ずっと短いのに。

それまでずっと幸せだったから、慣れない悪意にあんまり驚いてしまって。


優しい両親を失ったと同時に、それまで持っていた何もかもを奪われてしまって、

ただ呆然としていた。


ディアナにきて、フェリス様が当然のことのように優しくしてくれるから、御菓子が美味しいこと、食事が楽しいこと、可愛いドレスを着て可愛いて言って貰ったら嬉しいこと、毎日が楽しいこと、大切にしてくれる人を守りたいと思う気持ち、を思い出した。


(レティシア? ごめんな、お父さん、思い出させたか……?)


「……レティシア……?」


一瞬、ふわりと空間が揺らいで、金髪の美貌の青年があらわれる。


「え……? フェリス様……?」


あれ? フェリス様、どうして? どこから?


「どうして泣いてるの、レティシア?」


いけない。

レティシアが泣いてるので、フェリス様を驚かせてしまったみたい……。


「え。あの。竜王陛下が……」


「レーヴェがレティシアを泣かせたの?」


ううう? 何故?

フェリス様の気配が剣呑に……。ご、誤解だし……。

竜王陛下が悪いみたいに聞こえたら、いや……。


「ち、違います。あの……竜王陛下の絵姿を見つめて、今朝フェリス様からお聞きしたお話をしてたら、竜王陛下が、オレの可愛い娘、て言ってくれたような気がして……、そ、それが、何だか幸せで、私のお父様の声を思い出して、泣けてきて……、竜王陛下、何も悪くな……」


「レティシアのお父様を思い出したの?」


「……はい……」


ああ、フェリス様の気配が和らいだ。

よかった……。

何だか知らないけど、レティシアのせいで、竜王陛下が悪者にならなくてよかった……。


ぎゅっと、安心させるように、フェリスがレティシアを腕に抱く。


「フェリス様、王宮からの使者様は……」


「うん。話は終わったから、大丈夫。ごめんね、レティシア、一人にして」


「いえ……」


泣いてたのは一人にされたからではないので、そこは全然気にして下さらなくていいのだけれど……。


「レティシアのお父様、どんな方だったの? レーヴェと似てた?」


「いいえ……私のお父様は、竜王陛下やフェリス様のような華やかな方ではありません。ただ、とても優しくて……」


お父様、きっと、びっくりする。

レティシアが結婚なんてありえないって。レティシアは何処にもやらないって。


お父様とお母様が生きてたら?

十二歳も年上のフェリス様とレティシアの結婚の話は持ちあがらなくて、フェリス様と逢う事もなかったの……?


「うん?」


「とても私を大切にして下さいました……、それを思い出して、ただ幸せな……涙がこぼれて……」


「レティシアの父君と母君にはとても及ばないだろうけど、僕がレティシアを大切にするから」


「…………」


フェリスの言葉に、レティシアはまたぽろぽろ泣き出した。


「レティシア……? 何か、悲しいこと思い出した?」


「……ちが………、幸せ……なの……で……」


人間て、幸せでも泣けてくるんだ、と、この朝、レティシアは学んだ。


でもやっぱり、フェリス様が心配して何処からでも飛んで来たらいけないから、泣かないようにしたいな……。







(フェリスよ……、慌てて転移してきたわりに、おまえもレティシア泣かしてるぞ?)




突然泣き出した新しい愛娘にお手上げだった竜王陛下も、


不器用で幼い二人を、肖像画のなかから、微笑んで見下ろしていた。


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