第193話 我儘について



「レティシアは、そろそろ眠くない? 邸に帰って、レティシアはくまさんと眠るのはどうだろう?」


「私、ちっとも眠くありません。お留守番のくまさんには自宅警備をお願いしてあります」


 カルロの主人から教えて貰った、レーヴェを邪神扱いする者達の居住区へ向かう道すがら、フェリスはレティシアを家に帰したくて仕方ないようだ。


「レティシア、僕のいうことを聞いて……」


「フェリス様は私に触れてると魔力が湧いてくるって仰いました。危ない場所に行くなら、私がご一緒した方が安全だと思います」


 足手まといないことくらい、レティシアにもわかっているのだけれど、レティシアとてフェリスとレイが心配なのだ(正確に言うと、レイはとても如才がなさそうなので安心なのだが、フェリス様が心配なのだ)。


「………。じゃあ、せめて僕から離れないで」


 こんな鼠や、さまざまなよからぬ生き物がいそうな、薄暗い汚い路地を歩かせるのも本当は気に入らない、と言いたげなフェリスにレティシアは肩に抱き上げられてしまった。


 えええ、どうしてなの、どうしてここで突然、地面が遠くなっちゃうの、とレティシアはフェリスの肩に縋りつく。


 フェリスがこの貌で黒い衣装着て無表情でいると、本当に何というか物語の魔導士みたいだ。


「……私、我儘ですか、フェリス様」


「とてもね。でも、レティシアは僕に我儘になれと言ってたし、レティシアも僕に我儘を言っていいんだよ。……いまみたいに、危険のあることでさえなければね」


 フェリス様の理論は相変わらず独自である。


「私も、フェリス様に我儘言っていい…?」


 それは考えたこともなかった。

 フェリス様には、もう少し我儘に生きて貰いたいと思ったけど。


 でも、確かに、人生二度分あわせても、親以外に(何なら親以上に)、こんなにレティシア(雪)の我儘をきいてくれる人は見たことがない。


 困らされてばかりに見える王太后様への対応を見てても、基本、フェリス様という人は自分の家族と思ってる者には、異様に甘い人なのかも知れない……。


「もちろん。レティシアは僕の妃なのだから、僕に言わずに、誰に我儘言うの?」


「……だれも、私のわがままなんて、聞いてくれないです、フェリス様以外……」


 夜の闇も降りて来る、治安がよさそうに思えない路地で、赤面してる場合ではないのだが、貌が赤くなってしまった。


「そうかな? そんなことないと思うけど……レティシアが、僕に一番、我儘言ってくれたら、僕は嬉しいけどね」


 フェリスは、レティシアの足が汚れた地面に触れて汚れるのが嫌だったのか、レティシアを抱え上げてから、少し機嫌がよくなっている。


「フェリス様。こんな路地でレティシア様を口説かないでください。そういうことは、御邸にお帰りになってからゆっくりお願いします」


 レイの呆れた声がする。


「口説く? 話していただけだ。……ああ、いや、ずっと、家に帰るように口説いてはいるか……」


「それは聞こえません」


 ふるふるとレティシアは首を振った。リリアの僧の詠唱だろうか? ディアナではあまり聞きなれない男たちの低い祈りの声が、夜の闇を縫うように聞こえて来て、有難いというより不気味だったけれど、フェリスの腕に抱き上げられていたので、一人で歩いていたときよりは怖くはなかった。

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