第185話 ちいさな王子様について

「こちらでございます、レティシア様。御探しの竜王陛下の絵姿はこちらに」


「ありがとう! 素敵なお部屋ですね」


わーい。竜王陛下!

こちらは戦場の絵姿でなくて、優し気に微笑んでらっしゃる肖像画だった。

こちらの絵姿も変わらずグッドルッキング!!


というか、何だか、安心感。

ディアナの人が何処にでも竜王陛下の絵を飾りたがる理由、何となくわかる。

竜王陛下の絵姿があると、レティシアも、初めての部屋でも落ち着くから。


(順応しすぎ……?)


「レティシア様。本日は、フェリス様と御二人で大変でいらしたとか……、お疲れ様でございました。夕食はもう少し後になりますが、御茶とお菓子をご用意しております」


夕食前に大丈夫かな? でもちょっとだけ甘いもの摘まみたいかも。


「私はハンナと申します。レティシア様、ドレスのお召し替えはいかがでしょう? フェリス様のお申しつけで、こちらで過ごす用のドレスを取り急ぎいくらか……」


「……わー、綺麗。だけど、凄い、数……レティシアが五十人くらいいそう……」


フェリス様……、女の子のドレスがわからないからって、これは積み過ぎでは……。


「あの、こちらの仕立て屋で……、御婚儀後にレティシア様とフェリス様がいらっしゃるかもと……御好みがわからなくて、たくさん揃えてみたのですが……」


「どれも可愛い! でも、こんなには着られないから、いくらか同じ年頃の子に貰って貰うといいかも?」


こちらにどのくらい逗留するのかフェリス様に聞いてないが、このワードローブいっぱいのドレスを着つくせるとは到底思えない。


「それは、御二人の御婚礼の下賜品とあれば、福があって、喜ばれると思います」


「では、そうしましょう。いまは、これを着ようかな。……たくさん可愛いドレス、用意して下さってありがとう、です」


ふんわり。優しい桜色のドレスを手に取る。これ可愛いから、フェリス様に見せたいな。


「いえ。あの。フェリス様に、可愛い姫様がいらっしゃると聞いて、私共浮かれてしまって……姫様がとてもお若いと聞いて、まだフェリス様とお話が弾むまでお時間かかるかも知れないから、それまできっと大切に大切にお守りしようと思っていて……」


ハンナさんは白いパンのようなむくむくした可愛い手で、レティシアを王宮用ドレスから手際よく着替えさせてくれながら、緊張しつつ、説明してくれた。


「私共は、王太后が攻めて来ようと、王が攻めて来ようと、たとえディアナから独立してでも、フェリス様とレティシア様を、ここでぜったいお守りしますからねっ」


「………!? だ、だいじょうぶ。攻めてこないよ。そ、そんな心配しなくて大丈夫」


わあ。ハンナさん熱い。うーん、サリアとか、小さな国だから、あんまり各地方の独立性高くないけど、ディアナみたいに広い国だと、それぞれの領土の方々も独立心高いのかな……?


「す、すみません。出過ぎましたっ。何か、また、王太后様がフェリス様をひどくお扱いになったと聞いて、怒りのあまり、御無礼を……」


「フェリス様の領土の方が、フェリス様を熱愛で嬉しいです! 王太后様とは、ちょっとした誤解があっただけですので、安心して下さいね」


ここにもフェリス様の推し友が……!

陛下とか王太子様では、家族になるとは言っても、身近な推し友とは言い難い!


フェリス様に近しい領民さんラブだわ!!


「優しい御言葉、ありがとうございます、レティシア様。……フェリス様は、この地で暮らす私共にとって、何よりも大切な、恩人なのです」


「恩人?」


「はい。昔からここは高級な薔薇の産地でしたが、ずっと、あまりよい領主には恵まれず、私共は外国の王侯貴族が奪い合うほどの高級な品を作りながら、毎日の生活にすら苦労しておりました。その頃は、栄養や休息が足りなくて、病気になる者も多かったのです。……ステファン王が、第二王子のフェリス様にこの地を与えたときも、またきっと口の上手い、王子の部下の中間の者に搾取されて、ひどい暮らしが続くのだ、何も変わることなどない、と皆思っておりました」


「……そんな……」


「でも、びっくりするほど綺麗な王子様が、重たそうな本を抱えて、一人でこの地にやってきて」


重たそうな本を抱えて、に、思わず、レティシアは笑いそうになってしまう。

子供の頃から、僕も本ばかり読んでいた、てフェリス様言ってたよね。


「数日こちらでお過ごしになると、ここには、痩せた者、暗い顔の者が多いように思うのは、何故なのか? ディアナでもとても豊かな地のはずなのに、様子がおかしくないか? とお尋ねになりました。そして帳簿を見せよと……、砂の城を作って遊ぶ御歳の、五歳の王子様が、帳簿をお読みになると言うので、幼いフェリス様にはまだ読めないでしょう、そんなものよりさあ乗馬でも……と皆が笑ったら、無論読んだことはないが、読みながら学ぶので何の問題もない、僕が何歳であるかなどどうでもいい、僕に属す土地の状態を、僕が把握してないのはおかしい、と、仰りました」


うちのフェリス様、ちいさいころから、偉い……。

伊達に、竜王陛下と張り合ってない……(ちょっと違う)。


「幼いフェリス様は帳簿を読み解き、うんざりするほど不正がある、とひどくお怒りになりました。長い年月のあいだに、あちこちにダニのように入り込んで、中間で搾取していた者達を注意深く取り除き、生産者、実際に働く者達に、働いた利益がちゃんと入るように、この地を改めて下さいました。……わたしたちの富と誇りを、私たちに返して下さいました。……ですから、私たちは何があろうとも、フェリス様とレティシア様の味方なのです」


ハンナさんはレティシアの金髪を解いて優しく直してくれながら、誇らしげに微笑んだ。そうなのかー!!


ちっちゃいフェリス様が、ちっちゃいときから、大切にこの地を守って来たんだ……。


このレティシアに贈られた桜色のドレスの繊細なレースに至るまで、フェリス様の花嫁を喜ばせたい! の祝福の気持ちが詰まってるんだろうなあ。


うう、大事に着ないと……間違っても、木登りして破いたりしちゃダメね……。


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