第160話 王弟殿下の御寵愛の姫君

「レティシア様、フェリス様は御夜食召し上がられましたか?」


「うん。綺麗に召し上がったの」


「まあ……、フェリス様は本当にレティシア様にお弱いこと……」


 サキがふふふっと満足そうに笑っている。そうなのかな?

 食べずに、次々訪ねて来られるいろんな人と逢ってらしたから、フェリス様もお腹減ってたんだと思うけど……。


 レティシアにいちご食べさせるのが楽しいとも仰ってたけど……。


 ああ、思い出してたら、なんだか、お口のなかが、いちごの味になるー。


「いつもでしたら、王太后様がらみで何事かありますと、私どもが何と申し上げても、数日ろくに召し上がりませんよ」


「そうなの? 何日もお食事抜きはダメよ」


「ね」


 でも、人間、あまりにも悲しいと、あらゆる意欲が削げることも、今生では齢五歳のレティシアも知っている。


 死にたいとか、生きたくないとか、じゃなくて、お父様とお母様の大事な娘なんだから、頑張って生きなきゃ、生きる為にはまず食べなきゃ、という気持ちはあっても、いかんせん身体の方がついていかないのだ。


 食べ物を口からいれるだけじゃなくて、からだの中で生きていくための力に分解するにも、パワーがいる。


 心が滅んでしまうと、それが機能しない。


「レティシア様、御髪おぐしが光り輝いてますわ。昨日も何かフェリス様から魔法で御力頂きましたか?」


 いつもの鏡台で、レティシアの髪を梳いてくれながら、リタが不思議がっている。


「ううん。何も。私が眠ったあとに、フェリス様が何かして下さったんでなければ、何もしてないと思うけど……」


 でも、良質な睡眠はとれてる……気がする。


 未来の旦那様の謹慎騒ぎの夜なのに安眠するなーて話だけど。


 フェリス様と一緒だと、よく眠れるみたい……。


 くまちゃんか竜王陛下かフェリス様かてくらい、三大安眠アイテムかも(アイテム扱いしてごめんなさいフェリス様、生きてるのに……竜王陛下は神様だから、お守り扱いでもいいような……)


「ご一緒にいらっしゃるだけでも、フェリス様のご寵愛深いレティシア様は、竜気を頂いてるのかも知れませんね」


「……ご寵愛? 竜気?」


 ご寵愛。それは、前世では、後宮小説やドラマでしか聞いたことのない単語だ……。 恐らく、もっと、バストが成長した貴婦人に使われるかと思われる……。


 いや、それより、竜気のほうが、気にかかる……。


「リタ、竜気て何?」


「レーヴェ様の血を受けた方々が持つ竜の気ですわ。始祖のレーヴェ様から千年も経つので、ディアナ王家の方々も人がましくおなりですが、昔は不老不死の竜の血が欲しい、と、万能薬でも欲しがるように、婚姻したがる他国の王族もいたそうですよ」


「不老不死!? でも、フェリス様のお父様亡くなってるよね!?」


「もちろん伝説です。普通にディアナ王家の方も、人の子として、年老いて天に召されます。ただ、レーヴェ様の血がとくに濃いと言われた方は、他の方よりいつまでもずっと若くいらしたり、傷を受けてもすぐ治られたりとかあったそうですよ。……配偶者の方も影響を受けられるみたいで、ずっと若いままの御夫人とかいらしたとか……そういう意味でも、竜族の血を強くひく方と結婚するのは女性の憧れですね」


「私は成長が止まったら困るわ。フェリス様の隣にいて変じゃない位に、早く大きくなりたいの……」


 確かに成人してたら、ずっと若くは男女ともに魅力的なお話だと思うが、レティシア的には、この五歳のヴィジュアルで固定されても困る。


「もちろんですわ。レティシア様。これ、リタ、朝から、レティシア様をびっくりさせないの。リタの話は、ずっと昔の話ですわ、レティシア様。昔々、レーヴェ様の血がもっと濃かった頃の……」


「す、すみません、レティシア様。成長が止まったりは、決してないと思いますので……」


「あ、ううん。不思議なお話聞かせてくれて、ありがとう、リタ。もっと、おっきくなってからなら、ずっと若いままはいいとおもうな。……それに、フェリス様が私に力を分けて下さったとき、とっても元気になったから、きっと竜気って、本当に不思議な力のある気なんだと思う」


(そうそう。万能薬ではないんだけど、やや特殊な気ではあるから、フェリスみたいに、人の子のちびちゃんのなかに勝手に入れたりしたら、本来はダメだけどね。まあ、配偶者なら、ぎりぎり許容範囲かなー)


女官の語る、竜の血の物語を寝惚けながら聞いてたレーヴェは、鏡の中できらきらと輝くレティシアの金髪を見下ろしながら、苦笑していた。




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