第156話 初恋は、ほろ苦いオレンジの香がする
「おばあさま、フェリス叔父上が謹慎てどういうことですか!?」
「王太子ともあろう者が、その出で立ちは何ですか、ルーファス」
脇息に凭れたマグダレーナは神経質そうに眉を顰めていたが、庭園で侍女たちと遊んでいて、フェリス謹慎の話を聞くなり、王太后宮までまっすぐ走って来たので、ルーファスにはいま自分がどんな出で立ちなのかはさっぱりわからない。
たぶん、ひどいだろうが、この際、そんなことはどうでもいい。
「僕の恰好はどうでもいいです! 取り消して下さい! 何かのお間違いです! 叔父上もメイナードも、影で、父上の悪口を言うような人ではありません!」
「子供のそなたに、何がわかるというのか」
呆れ半分、苦笑半分。
これが大人の誰かなら厳罰ものだが、マグダレーナは秘蔵っ子の王太子ルーファスに甘い。
「何もわかりませんが、叔父上、もうすぐ結婚式なのに、謹慎はあんまりです!」
結婚式が来ると、ふわふわのあの金髪のちびが本当に叔父上の花嫁になってしまうので、それをルーファスが待ち望んでいるかどうかというとだいぶ謎だが、それにしても謹慎はいますぐ取り消して欲しい。
まるで罪人みたいではないか。
「息子が息子なら、孫も孫……、あなたたちは何故そんなにフェリスを信じてるのです? フェリスはあなたに何をしてくれると言うのです、ルーファス? あなたを愛するおばあさまより、フェリスがあなたによくしてくれるとでも?」
「………、」
この危急のときに、およそ至上最悪の問答で、ルーファスは真綿で首でも絞められてる気分になった。
「お、叔父上はいつも」
落ち着け。いつもみたいに、おばあさまの怖い瞳に吞まれちゃダメだ。
ちゃんとしろ。
「知らない誰かの言葉などに惑わされてはいけない、ルーファスは王太子だからね、と仰います。け、敬愛するおばあさまにも、た、正しい御判断を……」
ルーファスは、フェリスと初めて逢った時から叔父上が大好きになったのだが、なかなかフェリスには遊んで貰えなかった。叔父上は私が嫌いなんでしょうかと、母に泣き言を言ったら、そんなことはない、王弟殿下は子供慣れしてないだけでしょう、と宥められた。
めげずにフェリス叔父上と遊びたい運動を続け、途中で気が付いたのだが、誰もいないと(とくにおばあさまの臨席がなかったりすると)、叔父上はルーファスに優しいのだ。
フェリス叔父上はおばあさまに遠慮して、滅多に遊びには来てくれないが、父様はフェリス叔父上が来た日はいつもちょっと嬉しそうだ。父様は、ルーファスが生まれてからずっと、誰にとっても「国王陛下」なのだけれど、フェリス叔父上が来たときだけは、「兄上」なのだな、と何となく理解した。
ルーファスの目から見ても、父と叔父はちっとも似てない兄弟で、ルーファス自身もフェリス叔父上が大好きだが、本当にこの人と僕は血は繋がってるんだろうか? と首を傾げるくらい、叔父は家族の誰にも似てなかった。
唯一にして、最大の親族、始祖、竜王陛下には、そっくりなのだけれど。
異質な存在で、ひとしく誰にも優しかったけれど、誰からも遠く、常に孤独の影があった。
「出来のいい弟、優しい叔父。お美しい王弟殿下は……私の孫まで誑かす」
「??? たぶらかされてなどおりません、僕はただ」
おばあさまはきっと知らないのだ。
侍女にしろ、貴族にしろ、誰かが、おばあさまを悪く言おうとしても、叔父上は決してそれに乗らないのに。
お気の毒なフェリス様、とおばあさまの陰口を叩こうとする者を、いつも「いいえ、いつも、私が不作法なので」といなすことを。
そういうところを尊敬しているのだが、それを説明しようとすると、若干、おばあさまを悪く言おうとした侍女などの身が危うくなる。
「僕はただ、おばあさまも叔父上もどちらも大好きなので、喧嘩して欲しくないのです!」
もっといいことが言えたらいいのだが、ちっとも浮かばなくて、なんだか泣きたくなってきた。
ルーファスが泣いてる場合ではないのに。
それに、叔父上と、約束してるのだ。だからあんまりひどいことは言えない。
(男と男の約束だよ、ルーファス、もし私のことで何か義母上ともめたりしたら、義母上を庇ってあげなさい、義母上はルーファスに嫌われたらいちばんお辛いから)
あの呪文を何とかして欲しい。
こんな大変なときくらい、ちゃんと僕も叔父上を助けたいのに。
「喧嘩などしておりません。フェリスの謹慎なら、あなたの父上がお解きになりましたよ」
面倒そうだったが、どちらも大好きなので攻撃は少しは効いたのか、おばあさまの表情は少しは和らいだ。
「父上、ありがとうございます!!」
「あなたがたは何もわかっていないのです。この婆が、どれほど、あなたがたのことを思っているかを……」
深い深い、溜息ひとつ。
ルーファスは、いったいどうやったら、おばあさまはフェリス叔父上と仲良くして下さるんだろう? と花びら塗れで考えていたが、とにもかくにも、謹慎解除にほっとしたので、王太后宮の女官に身繕いをしてもらい、おばあさまと、オレンジのパウンドケーキを頂くことにした。
よかった。
あの異国から来て、叔父上しか頼る者のない、金髪のちびも、きっといまごろ安心してるだろう……。
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