第155話 竜の愛した国を継ぐ者
「陛下、フェリス殿下からの御手紙です。陛下の寛大な御沙汰に深い感謝を。明日必ずお伺いすると」
「大儀であった。退ってよい」
渡された手紙には薔薇の封印が押してあり、淡く薔薇の香りが馨る。几帳面な美しい文字は弟自身の筆跡だ。
謹慎を解いてくれたマリウスへの感謝の言葉。謹慎を賜って、初めて竜王剣の噂を知ったこと。疑惑をかけられた、自身の関与についての否定。街で、ディアナの竜王陛下を邪神と謳い、人心を惑わそうとしていたリリアの僧のこと。
偶然かも知れぬが、同時期に、竜王陛下が貶められ、竜王剣の噂が出ていることが気にかかるので、内々に調査して、早急に真相解明に務めますが、兄上とルーファスの周辺には、くれぐれも身辺警護を増やして欲しいとのこと……。
「謹慎になった己の身より、余の心配ばかりしている」
馬鹿なフェリス。可哀想な、愛しい弟。
余は、そなたさえも、ずっと謀っているのかも知れぬのに……。
(陛下、王太后様が、王弟殿下とメイナードに謹慎の御沙汰を……!)
(何故だ。ことと次第によっては、母上でも許さぬ)
(竜王剣に関する……よからぬ噂が……流布されており……、王太后様は王弟殿下をお疑いに……!)
足元から力が抜けていくとは、あの瞬間のことだ。
不審な噂の出所より何より、母上、それではまるで、何かあると自分で言っているようなものです……。
「竜王陛下、母上はフェリスを誤解して、その上で、我が弟の力を見縊っておいでですよね。もし私の弟が、真実にディアナの玉座を欲しがっていたら、私はもう玉座にいないでしょうに」
玉座に座す、竜王陛下の絵に、マリウスは話しかける。
母は女性だけど、マリウスよりもフェリスよりも、ディアナの玉座を愛してる人だ。
母にとってのディアナの玉座は、失われた父との絆なのだろうか?
マリウスは、子供の頃、一人で寂しそうな母をよく見てたから、忙しい父に代わって、母を守ってあげなくては、と思っていた。
だけど……、それは、こんな形でじゃない。
「おかしいですよね。私は凄く困ってるのに、何処かでほっとしてるんです、竜王陛下。……ずっと、私が一人、たったひとりで、悪夢に魘されるほど、疑問に思っていたことを、言葉にしてくれた誰かがいるんだなって」
あのとき、竜王剣は抜けたのか?
竜王剣は、マリウスを、本当に承認したのか?
「……なのに、フェリスは、母も私も竜王剣の判定も疑いさえしない。我が弟は頭はいいのに、身内には随分甘すぎるところが、少し心配です……」
フェリスが兄だったらよかったんだろうか?
そうしたら、……いや、ダメだな。
フェリスが兄だったとしても、母上は、玉座にはマリウスを座らせたがるだろうな。
「竜王陛下、私は拙いながらも、己に課せられた務めを懸命に果たしているつもりですが、 ときどき、この王冠は私にはひどく重いです……そして、どうしても、もう、愛する母の言葉を信じることが出来ません……」
竜王剣はあなたを選んだと、母は言った。
だが、その母は、犯してもいない罪を弟に着せようとした。
……いったい、それは、誰の為だ? 何の為だ? 誰の、何の嘘の為だ?
「…………、…………」
マリウスには見えないが、暗闇からそっとレーヴェが姿を現し、一人で嘆くディアナの国王の柔らかい髪を白い指で撫でる。
そうすると、ディアナの王の部屋の中で、ひどく凝っていた夜の闇の深さが少し薄くなる。
(あのとき、竜王剣は、己を扱えぬ者を主には選べなかった。どうしても、それを許せなかったマグダレーナは、竜王剣はマリウスを選んだと、嘘をついた。だが、あのとき、フェリスは十歳の子供だった。マリウス、おまえはちゃんと、母と幼い弟と国を守ってきたんだ。……おまえ自身が、望んだ嘘じゃなかったのにな)
竜の血を汲む王家も、千年も経てば、レーヴェの血の薄い者も、いくらでも生まれる。
レーヴェ自身は、子供たちを、王家にも王冠にもディアナにも縛りつける必要はないと思っている。
何なら王様なんて、オレの血なんて一滴も入ってなくていいから、王様家業にむいた奴にやらせとけ、と思っているが、子孫たちには子孫たちのそれぞれの望みもあるだろう。
ただ、玉座への妄執のあまりに、無理なことをすると、ひずみが出て、いろいろなものがひどく歪んでしまう……。
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