第154話 不慣れな程の幸福について
「フェリス様は、王太后様もお守りする御心おこころですか?」
「義母上というより、兄上かな。……竜王剣の噂を早く消したい。義母上の対応では逆に騒ぎになると思うけど、そんな噂が大きくなるのは、確かに陛下の治世に芳しくはないと……」
レーヴェらしくもなく、言いにくそうに、竜王剣は、オレに似た者を選び続けてる、とレーヴェは言った。
それなら、不本意ではあるもののも、義母上が癇癪起こしたのも、納得もいくというか……。
竜王剣は何も顔で選んでる訳ではないだろうが、無意識にレーヴェの気配に似たものを探してるんだとしたら……。
(フェリスはオレによく似てるからなあ)
その神の剣が何を好むにしても、噂を流す者は、べつに神剣の神意に殉じてる訳ではなかろう。陛下に悪意をもって、そんな噂を流す者がいるのだとしたら、早急にそれに対抗しないと……。
「フェリス派は私だけで、噂なんて流してません。フェリス派の望みは、フェリス様との穏やかな暮らしですし、フェリス様は兄上様のことも義母上様のことも大切にしておいでです、てどうやったら、王太后様に、真意を伝えられるでしょう?」
「…………」
膝に乗せてるレティシアが、真剣に言い募る様子が可愛すぎて、フェリスはまた笑ってしまう。
うちのフェリス派が、可愛すぎて困る。
「フェリス様、いま何か笑いのツボに入りました?」
「うん、ちょっと可愛すぎて……。レティシア、これで最後だよ」
「ぜんぶ召し上がられましたね! 偉いです!」
僕が夜食を食べただけで、こんなに幸せそうな表情をしてくれる人がいるなら、サボらずに何でも食べようかな、と思ってしまう。
「はい、フェリス様も、いちご」
今夜のフェリスは、レティシアにいちごを食べさせるのが楽しくて食べたのだけれど、主食類を完食したら、御褒美なのか、レティシアが銀のフォークでいちごをフェリスの唇に運んでくれた。
「私も大好きなのですが、フェリス様もいちご大好きですか?」
「うん。食べやすくて、栄養価が高い。とても効率がいい」
「可愛いからとか、美味しいからじゃなくて?」
同じ食べ物が好きで嬉しい、と言う様子だったのに、それでは少し悲しいかも、という顔をさせてしまった。
もしや、いまの僕の発言は、レティシアの愛するいちごに対して無礼だったのだろうか?
「い、いや、美味しい。とても」
「……ホントに?」
「うん。レティシアとこうして食べてると、いつもより、美味しいよ」
「よかった。私も夕食で一人で頂いた時より、フェリス様と食べたほうが美味しかったです」
それもそうだ。
僕が同席できないと、レティシアが一人で食事することになる。
さすがに、今日は、各所から使者がやたら来て、夕食に同席できなかったけれど、
食事の時間は、これからもっと気にかけよう。
僕に我儘の言い方を教えるのだと、レティシアは言っていたが、レティシア本人が我儘上手にはとても思えないので、ちゃんと気づいてあげられるようにしたい……。
「……レティシア?」
僕が夜食を食べ終えたら、安心したのか、膝に乗せてたレティシアがすやすや寝息をたてだした。さっきまで話してたのに、こてっ! と寝てる。
ちいさなからだの体力の限界のように。
「とんでもない一日になって、ごめんね、レティシア」
レティシアの金色の髪を撫でて、白い額に軽くくちづける。
「……フェリス様」
「レティシア?」
起こしてしまったかな? と思ったら、ぎゅーっと抱き着かれた。
「また、海、一緒に行きましょうね」
「うん。また行こう、レティシア。……二人で」
「やくそく」
小指に小指を重ねられた。
これは、何だろう?
可愛らしい、サリアの風習だろうか?
「明日、陛下、怖いから、レティシア、もうねるの」
「義母上と違って、兄上は怖くないよ、レティシア。優しい方だよ」
「ん……、そうなの……?」
こくん、と頷いて、可愛らしいたった一人のうちのフェリス派は、また眠りに落ちてしまった。
眠りに落ちる寸前まで、フェリスの心配ばかりしてくれる、ちいさなレティシアの身体は温かい。
「病めるときも、健やかなるときも。嬉しいときも、悲しいときも。優しいレティシアと一緒にいられるように、僕が、ふさわしいものになれますように」
結婚の誓約の呪文を、あんなに優しい声で誓ってもらって、こんなに可愛いひとが、大変なときには、ふたりで一緒に頑張りたいと言ってくれる。
あまりにも、慣れない幸せに、熱でも出そうだ。
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