第144話 ふたりの距離感について
「フェリス様……?」
レティシアが、サキとリタとお話していたら、突然、部屋の中にフェリスが現われた。
「フェリス様、どうなさいました? 何か御気がかりなことが……?」
いきなり何もないとこからフェリスが出現したので、レティシアは吃驚したけれど、
サキとリタは無言で、フェリスに向かって、二人で綺麗に揃ったお辞儀をしている。
ということは、このおうち的には、これは、そんなに珍しいフェリス様の現れ方ではないの?
「……レティシア。……私室に突然、すまない」
フェリス自身も困ったような顔をしている。
フェリス様、魔法で何処かに行こうとしてて、間違えてレティシアの部屋にきちゃったとか? そんなことないかな?
レティシアに逢いに来てくれたのかな?
「いえ。何かお急ぎの御用でしたか?」
さっき、何か言い忘れた大事なお話があったとか?
フェリス様の謹慎中、妃としてレティシアがしてはいけないこと、思い出したとか?
(フェリス様は何もないって言ったけど、そこはだいぶ気になってる)
「いや。ただ……」
「はい?」
レティシアはフェリスを見上げる。
「レティシアが、泣いてるような気がして……」
「え……」
フェリスが、涙の跡を探すようにレティシアの白い頬に触れる。
「あ……、さっき、ちょっと、いろんなこと思い出して……、ちょっとだけ泣けてきましたが、ぜんぜん……大丈夫です」
え?
レティシアが泣いてると思って、フェリス様、飛んで来てくれたの?
フェリス様、そんな過保護機能ついてるの?
(正確には、悩むより動け、の御先祖に、勝手に飛ばされたのである)
「フェリス様。私とリタは、御前失礼いたします」
「ああ……」
リタとサキにおいていかれてしまった。
いや、レティシアの為に来て下さったんだから、それはそうだけど……。
「本当に? 僕がレティシアを不安にさせたからじゃない?」
「……違います」
ふるふるふるふる、レティシアは金髪を振る。
フェリス様の心配して泣いてたから、フェリス様のせいと言えばフェリス様のせいだけど、でも、それは違うから。フェリス様は何も悪くないから。
「レティシアは、僕の前では気を遣って泣けない……?」
「いえ、フェリス様といたときは、フェリス様がご一緒なので安心してて……
フェリス様から離れたら、急に不安が湧いて来て……」
ぜんぜん詩的な表現じゃないけど、真冬に大事なコートを奪われたような感覚。
「さっきみたいに、レティシアを、ずっと僕の膝に乗せてたら、泣かないってこと?」
「………? そういう意味ではなくて」
おかしい。
何か伝え方に問題があったろうか。
物凄く誤解を生んでいる。
フェリス様のことは大好きだし、総力推してるが、ずっとフェリス様の膝では生活したくない。
そんなの不便だし、何より、落ち着かない。
中身が雪入りじゃなくて、純然たる五歳児だとしても、それは違うと思うのよ。
コアラじゃないんだから。
「レティシアは、僕が一緒のほうが、安心するの?」
とても不思議なものでも見つけたような眼でご覧になるのは、何故。
「はい。ずっと御膝は困りますが」
額を寄せられて、レティシアは応える。
やけに距離が近くなってる気がするけど、きっとフェリス様も、何でもない貌してるけど、動揺してるのかも……。
「フェリス様と二人のときは、何も怖くないです……」
うん。やっぱり、いろいろ挙動は不審とは言え、フェリス様御自身が隣にいたら不安にならない。
たぶん、フェリス様の生命力? 魔力? 存在する力? が強いからだと思う。
「じゃあ、できるだけ、レティシアの傍にいるよ」
「はい」
大事件がなくても、小さな子供って他愛ないことでも泣きますよ、王弟殿下、と思ったけれど、
(レティシアも現在の身体の感情に引きずられるので)
泣いてる? と飛んで来てくれたフェリス様の気持ちも嬉しかったので、ただ頷くに留めた。
二人でいると、安心するのは、事実なので。
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