第142話 君を守る力が欲しい

「レティシア様。フェリス様、御機嫌、いかがでした? ディナーのドレスはどちらになさいます?」

「あの、ね……」


 フェリスがちょっと着替えて来るね、と自室に戻った後、レティシアも自室に戻ってきて、サキとリタの顔を見たら、なんだかポロポロ泣けてきた。


 ずっとフェリス様の膝の上でお話してるのどうなの? と思ってたけど、あれはあれでちゃんと効力があったらしい。


フェリスの体温と気配が傍らから離れると、獏とした不安が寄せて来る。


「ど、どうされました、レティシア様? フェリス様、何かお疲れでしたか……?」

「フェリス様、謹慎を命じられたって……」


 呆然としてる。

 何だろう。

 レティシア自身に何か理不尽なことを命じられるより、防御の仕方がわからなくて、途方に暮れる。


 ほんの一週間前まで、母様も父様も逝ってしまったから、この世界に独りぼっちだと思ってた。実際、ひとりぽっちだった。


 フェリスはそのレティシアにたった一人、優しくしてくれた人で、そのたった一人の人を、どうやって守ったらいいのかわからない。


 レティシアは、冒険者の勇ましい女勇者でも、希代の魔法使いでもない。

 転生しても、ちっともスペシャルな能力を付加されてない、ごく普通の女子だ。


 神様、きっと何度目の人生でも同じことを願うけど、ひとつでいいです。

 お願いは、ひとつだけ。


 私の家族を守る力を下さい。私の大事な人を守る力を下さい。

 毎回、毎回、やられっばなしで、誰のことも守ってあげられないのは、嫌です。


「フェリス様が謹慎? 何故でございましょう?」


「市井に……陛下が竜王剣を抜けないって噂があるって……それで……」

「……? そのお噂と、我が主に何の関りが?」


「王太后様が……フェリス派の仕業に違いないって……フェリス派なんてレティシア以外いないてフェリス様仰ってたけど……、何も…何も悪いことしてないのに、フェリス様謹慎て……そんな嘘みたいお話、ある?」


でも、あるのだ。

そんな嘘みたいな話は、いくらでも。


サリアにいたときだって、王女にあまりに無碍な扱い、と、レティシアの王位継承権を主張した、セファイド侯爵は蟄居謹慎を命じられ、ほどなく心臓発作で亡くなった。


……元気者のセファが、どうして、突然、心臓が悪くなるの? 

あのときも、どうしても、納得できなかった。

それからサリアで、レティシアに味方する貴族はいなくなった。仕方ない。


地位もだが、何より、命が大事だ。


野心という名の不治の病にとりつかれた人達にかかれば、この世の理不尽はいくらでも罷り通る。


いいえ、大丈夫。

落ち着いて。

必要以上に、不安になってはダメ。


フェリス様は強い。

きっと、そっくりの竜王陛下が、フェリス様を守って下さる。


「……竜王家の王子に何と無礼な……! カザンの田舎公爵の不器量娘に災いあれ!」

「これ、リタ。レティシア様の前で、悪い言葉はなりませぬ」


しぃっと、サキが人差し指を唇の前に立てる。


サキはいつもレティシアに悪い言葉を教えないように、と、リタ本人の為に叱る。

レティシアにもリタにも、どちらにも優しい。


「……はっ」

「カザン……?」

「カザン領は王太后様の御実家です。古い御家ですが、少々、辺境に領地をお持ちですので……」


なるほど。どうにも国母に文句は言いにくいので、悪態をつきたいときは、御実家のことを皮肉るのか……。


「フェリス様は関係ないって仰ったけど、先日の御茶会での私の無礼も響いてるのではと……」


「それは関わりないと思います。王太后様は常に、フェリス様を推す者が国王陛下を脅かす、との被害妄想に陥っておいでですので。何か悪いことが起きたら、反射的にフェリス様に繋げるだけだと」


「国王陛下はどうお考えなのでしょう?」


「フェリス様は、王太后様が謹慎を命じられたけど、少ししたら、国王陛下がお解きになると思うって仰ってた。……どうして、ディアナでは国王様の知らぬところで、母后様がそんな命令を……」


「七年前、二十歳で陛下が即位なさったときに、不慣れなマリウス陛下は、マグダレーナ様のご意見をよく聞かれていて……、マグダレーナ様はそのときの癖がまだ御抜けでないのですわ……。いつまでも、母后様が政治に影響力をお与えになるのはおかしいのに……」


「しかもマクダレーナ様、ちっとも慧眼でもいらっしゃらないのに」

「これ、リタ」


「だって。本当の事ですー! 悔しいです!  私達の自慢のご当主様が、いわれのないことで謹慎なぞ命じられて!」


「そうですね。その点については、私も大変に不愉快です。私たちは、常よりもますます気を配り、フェリス様とレティシア様を、お守りしなければなりません」


きっぱりと、サキは言った。


「レティシア様、フェリス様は何と?」

「婚約中に不甲斐ない男ですまない、て。でも、レティシアは何も心配しなくていいから、て」


もっと大きかったら、こんなとき、フェリス様の役に立てるんだろうか?

いやでも、十八歳や二十歳でレティシアが嫁に来てたとしても、ディアナに知る人が一人もいないのは変わらない。


「それは無理というものですわよね、レティシア様。婚約者の一大事なんですから、心配なさるのは当然です」

「王太后様のところに、フェリス様は無実です、て私が申し上げに行きたいって言ったら、フェリス様がダメって……」


そんなことしても何の意味もないのかもだけど、何もできないのがもどかしくて。


「それはダメです。危険です」

「そうですよ! あんなおかしい宮に行ってはダメです! 何されるかわかりません!」


音声多重で、却下された……。

うう。誰か一人くらい、味方して。

レティシアにも何かさせて。


「フェリス様、謹慎中なのに、レティシア連れて領地の花祭りに行こうかなて言ってた」


「それはよろしゅうございますね。王都にいても、ろくなことが……いえ……、人間には、たまには気晴らしが必要でございます」


常識派のサキはとめるかと思ったら、賛成のようだ。


「ご領地の花祭りは有名なんですよ。きっとお気持ちが晴れます」


晴れるのかなあ。

フェリス様の気晴らしになるのなら、もちろん何処にでも御供するのだけど。


(兄上は自由に動ける御身分ではないから、兄上ができないことを僕ができたら……)


どうして。

どうして、あの誰も知らない優しさは、容易く踏みにじられてしまうの。

いつも何が起きても、何でもないって貌してやり過ごしてるけど、哀しくない訳ないのに。




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