第131話 知らずに育つ独占欲について
「何かひとつに……」
「そう、それがオレでも……ま、オレは比較的無害なんだけど……、恋でも地位でも仕事でも神でも、あまりにもそればかり思い詰めると、それが思い通りにいかないときには、闇を育ててしまう者もいる」
「そうですねぇ……」
フェリスは恋なんてしたことがなくて。
いま、フェリスが、レティシアといて楽しいのが、どんな感情なのかもわからないレベルだけど。
義母上を見ていて、恋も愛も結婚も、ひどく辛いものだ、と思って育ってしまった……。
それは希少なケースで、この世にはきっとたくさん、幸せな恋や、幸せな家庭があふれているのだと思うのだけれど(そうあって欲しいと思って、行政の充実や国家の治安維持などに励んでいる)、とりあえず、その幸せな家庭というものは、フェリスの身近なものではない。
「あんなに小さかったフェリスはもう嫁を迎えるような歳で、おまえの母が天に昇って十二年。ステファンが死んで十年だ。なのに、マグダレーナはまだ悪夢を見ている」
レーヴェも同じことを思ったのか、義母上の話をしている。
「……私が、レーヴェに……似なかったらよかったんだと思います」
そうしたら、義母上もいろいろと過去も忘れられたんじゃないかと。
とはいえ、フェリスは義母上の心を引き裂いた父に似たわけですらないんだが……、父にはよっぽど兄上の方が似てる。千年も隔てた竜神に似たことの責任なんて、とても……。
「それはフェリスのせいじゃない。そんなことを、フェリスに妬くマグダレーナのほうがおかしい。どうかしてる。……どうしても誰かのせいにしたいなら、オレの血が濃く出てるんだから、もう何なら、オレが悪いでいいぞ」
「……レーヴェが悪い?」
子供のように、フェリスは繰り返した。泣き笑いのような気持ちで。
レーヴェは何も悪くないけど、レーヴェそっくりのこの貌じゃなかったら、どういう人生だったんだろう? と思うことはある。もう長く、この貌で生きてるから、うまく想像できないけれど。
どっちにしろ、きっと義母上には好かれてないと思うが。
「そう。オレが千年後も民にモテすぎてるのが悪いんだろ? だから、オレに似てたら怒られるんだろ? それにしても、オレの貌で文句言われるのへこむな。……竜体で気持ち悪いって人間はよくいるが……」
「うちのレティシアが」
「あー、もう、うちの扱いだ」
冷やかす竜王陛下がひどく楽しそうだ。
「もう、うちの子ですから」
でも、これもたぶんレーヴェの癖だ。
すぐに何でも「オレが気に入ったから、もう、うちの子」扱いする。
ちょっとだけうつった。
本当はずっと、フェリスだって、レーヴェみたいに、誰かを容易く気に入ってみたかった。気軽に、誰かと親しくなってみたかった。自分にはそんなことはできないと知ってるけれど。
「人型のレーヴェも、竜体のレーヴェもかっこいいて言ってました」
「そうだろう、そうだろう。ちびちゃんはやっぱり見る目があるぞ。……ま、あれだな、うちの嫁で、竜体が気持ち悪いって凄く気の弱い子が来ても、気の毒だしな……悪夢にうなされるよな、国中、オレの絵だらけで」
「レーヴェの絵姿、レティシアに頼まれてるのですが、……レーヴェ、邪魔だなと思って、レティシアの部屋には」
「おまえ、よくも、オレを邪魔扱い! 罰当たるぞ!」
「だって邪魔でしょう。絵がなくても覗きまくってるのに。このうえ、レーヴェの絵姿、レティシアの部屋になんて……」
「フェリスは、ちびちゃんの望みは何でも叶えるとか言ってなかったか!?」
「……たまたま、我が美しい妃の私室に飾るような、ふさわしい名匠の手による竜王陛下の絵が見つからなくて……」
「みんな、オレを見たこともないのに、妄想で描いてんだから、どれもたいして変わらんわ。むしろ、最近の若い画家なんて、フェリスに似せてオレを描いてる。それはちゃんとモデルがいるからな」
「それは凄く……鶏が先か、卵が先か…て話になってしまいますね」
だいたい真面目な話してても、たぶんにレーヴェの性格により、レーヴェとの話は最後は笑い話になって終わってしまう。
マグダレーナの怨念に抑圧されたわりには、フェリスがやたらと強い気性に育ったのは、最強の竜の血と、竜王様による慣れない子育ての成果である。
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