第126話 君が僕にくれるもの

「レティシア、風、冷たくない?」


「海からの風、気持ちいーです! とっても!」


「少し砂浜歩いて、それでもう今日は帰ることになっちゃうけどいい? ちょっと午後から、僕……」


「もちろんです! 私、朝からたくさんお忙しいフェリス様を独占してしまいました!

 はやく帰りましょう?」


「ううん、もう少しだけ、僕がレティシアといたいから」


幸せ過ぎて、このままここにいたい、仕事に戻りたくない、とか人間て本当に思うんだな、とフェリスは、十七歳にして実感した(遅いのか早いのかわからない)。

サボりたい人の気持ちが、人生で初めてわかった。


「さっきの騒ぎで、怪我する方がなくてよかったですね」

「そうだね」


人々の宗教と思想と信条の自由は、可能な限り、保証したいけど、

我が国の守り神を邪神扱いして、平和な街中で火を燃やしだすような奇妙な異教の怪僧には、そのままその弄ぶ火で炙って、軽くお灸をすえててやろうかと思うのは、

竜王陛下そっくりの貌を持つ王弟殿下としては、きっとよろしくない。


そもそも人生初デートの日に、いきなり凶悪な邪神の使徒と化して、

うちの可愛い姫君に怖がられて、嫌われてもいけない。


人から畏れられることには慣れているのだけれど、

ちいさなレティシアはフェリスを怖がらない貴重な人材なのだから。


レティシアはまだ幼くて、でもたぶん幼い器のなかに、何か違う存在が入っている。


そのせいか、いろいろ不安定なのだけれど、なにものが入っているかはわからないが、基本的に、善良な、優しいものだけで構成されている。


人生で、ひどいめにあったとしても、何度間違えても、闇に落ちたりはしない体質だ。


ときどき、何処かにさらわれそうになるフェリスとしては、

そういう光属性の花嫁にそばにいてもらえるのはいいことだと思う。


そんな訳で、不埒者には、頭から冷たい水でもかけて冷やしてやろうかと思ったが、

水も水神レーヴェを思わせるかと、花にした。


広場に撒いたのは純然たる花で、

騒ぎを起こしていた者達に落としたのは、軽い幻覚作用のある花だ。


フェリスが何かしたかと言えば、何もしてない。

己のなかの恐怖に食われていくたぐいの花だ。


心から善良なリリア僧侶であれば、怯える幻影など何もあるまいが、

後ろ暗いところのある者ほど、襲ってくる幻影の花は多かろう。


「あ!」

「どうしたの? レティシア?」

「リタとサキにおみやげにアイス買えばよかったと……でもアイスとけちゃいますね」

「何か用意させるよ。おみやげあげたいの?」

「はい。いつもとってもよくしてもらってるので。 ……フェリス様のお話もたくさん聞かせてくれて」

「僕の? 悪い話じゃない?」

「いい話ばかりですよー」


綺麗な貝殻を探したい、と言うレティシアの華奢な身体を腕に抱いて、白馬から下ろした。


レティシアとふたり、手を繋いで、貝殻を探して、晴れた砂浜を歩きながら、

そう言えば僕は、国王だった父とも、幼い時に亡くなった母とも、

海辺を手を繋いで歩いた記憶なんてないな、とフェリスは思っていた。


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