第124話 生まれて初めての海を、一緒に見れたらいいね

「歩ける距離だけど、レティシアの靴はとても華奢だから、馬を」


とフェリス様が、護衛の方々に言った。


確かにお姫様の靴はとても華奢。デザイン時点で、あんまり外歩きは考慮に入ってない(普通のお姫様は外歩きしないので)。


でも、フェリス様と手を繋いで、お外、のんびり歩いてるのも楽しいんだけどな……。


(ずっと繋ぎっぱなしすぎではという疑問はあれど)


「レティシア、ちょっと安全上、僕と一緒に乗ってくれる?」

「はい」


レティシアも、早くから騎乗を教えてもらってるので、五歳児とはいえ一人でも乗れるのだが、確かに、この状況だと、フェリス様のいう事もわかる。


「……うん。自害させぬように、だれか魔術師をつけて。ただ、あの類は、拷問したところで、どのみちたいして喋らないと思うよ……」


うちの王子様が虫も殺せぬようなお貌で、何だか側近のレイ相手に物騒そうなお話してる。


「こんにちは! 可愛いね!」


レティシアは、目の前に連れて来られた、立派な白馬のつぶらな瞳を見上げる。プライドの高そうな白馬が、軽く嘶きながら、そう? 可愛い? と褒められて満更でもなさげだ。


そう言えば、ドラゴンに乗る夢は見たけど、馬に乗るのも久しぶり……。


「おいで、レティシア」

「……きゃ……」


ほとんどフェリスに抱き上げられるようにして、レティシアは騎乗させて貰う。


「……ち、ちかいです、フェリス様」


二人乗りしてるのであたりまえだが、レティシアの背中にフェリスの体温が暖かい。


「うーん。これは、これ以上どうしようもないかな。……では頼む。少しレティシアと海にいるから。何かあれば呼んで」

「御意」


そろそろ、呼ばれた市中警備の人たちが、遅ればせながら辿り着いたのか(…減俸かも…)、広場には、制服の人間が増えている。花びらは石畳に降り積もっていたけれど、何事もなかったように、野菜や果物を見る人、焼き菓子を焼く人、歓声をあげて遊ぶ子供たち、花びらをつついている鳩と、平和な風景に戻っている。


「レティシア、お父様と二人乗りして以来?」


フェリスが白馬に指示を与えたので、スピードが上がる。


「それはものすごく……ちいさいときのことで、それにそれとはぜんぜん……!」

「ぜんぜん?」


違うと思うの。

うちのお父様と、フェリス様との二人での騎乗は、ぜんぜん!!


お父様と二人で騎乗してるときは、レティシアは小さかったから馬はまだ少し怖かったけど、のんびりとした安心感でいっぱいだった。

お父様の腕の中で、守られてるーって。


いやいまも、フェリス様の腕の中で守られてはいるけれど……いるけれども!

お父様はこんなにいい匂いはしないし、こんなに何だか落ち着かなくはならない!


「レティシア、もっと僕に体重預けていいよ?」

「う……は……は、い」


久々の早く駆ける馬上からの景色は楽しいのだけど、なんだか景色に集中できないー!!


「ああ、ほら、見えてきたよ」

「あ、……うみー!!」


水! 碧い! 碧い水がたくさん! 見たことないほど、碧い水がたくさん!


と、この世に生まれてそれほど経ってない、ちいさな五歳の身体もはしゃいでいるようだ。


太陽の光を弾く碧い海。港には停泊している帆船が見える。

帆船!  人気漫画の海賊船くらいしか知らない!  本物の帆船!


「あ。レティシアのご機嫌がなおった」


被っていた赤いフードが外れてしまって、レティシアの髪にフェリスの甘い吐息が触れる。


「??? ご機嫌なら、ずっといいです」

「ホントに? なら、よかった」


レティシアの背中に、フェリスがほっとした気配が本当に伝わってくる。


うん。とっても、とっても、落ち着かないけど。

お父様とは、ぜんぜん違うけど。


フェリス様が、レティシアをとっても大切にしてくれてるのも、触れてる体温越しに伝わってきた…。


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