第123話 君を守る手は優しいものでありたい

「海のほうへ行ってみる、レティシア?」


二人で綺麗に食べて、アイスの店を出て、フェリスが尋ねる。


「はい!」


頭のてっぺんにうさぎ耳でもついてたら、盛大に振りそうな勢いで、レティシアがお返事する。


海までお散歩ー!!


庭園を駆け巡って鍛えた小さなレティシアの脚力が、日の目を見るときがきた!(とは言っても、ディアナ王宮内やフェリス家の邸内移動なども広いので、結構毎日歩いてはいる)。


「……滅びよ、邪神よ!!」


晴れ渡った青空の下、フェリスと手を繋いで上機嫌で歩いていたら、何か禍々しい声がした。


「目覚めよ、ディアナの民たちよ! 汝らは騙されておるのだ!! 正しき神、リリア様のもとへ、いざ、帰り来たれ!!」


「……な、に?」


午前中からたちの悪い酔っ払い? とレティシアが声のする方を見ると、広場の隅で、目深にフードを被った、何人かの僧侶らしき者たちが、何かを燃やそうとしている。異様な様子だ。レティシアは、声を荒げる僧侶なんて、サリアでもディアナでも見たことがない。しかも、火は危ない。街中で、焚火ダメぜったい。


「え……!? 竜王陛下、燃やさないで!」


思わず、レティシアは声が出てしまった。

その人たちが燃やそうとしてるのが、ディアナの神様、竜王陛下の肖像画なのだ。


もちろん、レティシアは、他人の持ち物に、いかなる権利も持たない。

とはいえ、フェリスそっくりの竜王陛下を目の前で燃やされるのは、心が痛む。


「やめろよ、何やってんだよ、坊さん!」

「ふざけんなよ、よりにもよって、ディアナのどまんなかで、竜王陛下を燃やすなんて……!」

「まったくだ、ここを何処だと……!」


腕力に自信のありそうな街の男たちが、僧たちが竜王陛下の肖像画を燃やそうとするのをとめようとして、一騒ぎ起こる。


「レティシア。ごめん。海へ行くのちょっと待ってもらってもいいかな」

「は、はい。もちろん」


フェリスがレティシアに許可をとる。


「フェリス様」

「フェリス様」

「いかが致しましょうか」


和やかならぬ気配を感じて、離れていた護衛の者たちが近づいてくる。


「そうだね。とりあえず、迷惑だね。この広場で、焚火は許可してない」


いまにも喧嘩が始まろうとしているが、喧嘩もだけど、何より、あの燃え盛る火が……。


「うちの御先祖、そんなに憎々し気に燃やさないでもらいたい」


フェリスも、レティシアと同じことを思っていて、なんだかほっとした。


「……ここで水を呼んだら、邪神の使徒すぎかな?」


フェリスは一瞬、レティシアを見て、にっこり微笑って、白い手を少し動かした。


「……な、なんだ!? 火が……!?」

「な、何か降ってくる……、あ、熱い! なんだ、この花びらは!」

「痛い……目が痛い……!!」


ふわり、と風が動いて、いまにも竜王陛下の肖像画を焼こうとしていた炎が、最初から何処にもなかったもののように消える。そして、天から、何か白い柔らかいものが降ってくる。


「おかーさーん、空から、お花が降ってきたー」

「ほんとね。綺麗ね。何かしら……」

「わー綺麗ー」


空から、白い花がたくさん降ってくる。騒ぎを起こしていた僧たちは、その花びらや花粉に触れると苦痛を伴い、大量の花びらに埋もれて、目を押さえて呻いている。


が、それ以外の者には、ただの綺麗な花に過ぎないらしく、時ならぬフラワーシャワーに広場いた人々は喜んでいる。


「フェリス様、これは……?」


「リリアの花。ディアナには咲かないけど、綺麗な花で、鎮静作用があるよ。生だとちょっと無理かな。……すまないが、あのへんを縛りあげて、市中警備の者に連絡してやってくれる? 君たちには、この花、何の毒もないから触れても平気だよ」


「心得ました」


前半はレティシアに、後半は身辺警護の者たちに、フェリスは告げた。


「私も触れても大丈夫ですか?」

「うん。レティシアにももちろん害のない花だよ」


目の前に落ちてきた花を、掌でうけとめて、レティシアは不思議がる。


「さて、海、行こうか、レティシア」

「だ、大丈夫でしょうか?」


 呑気に、海をお散歩していても、いいのだろうか?


「うん、平気。どこの神様を信じるのも個人の自由なんだけど、うちの神様、焼かないで欲しいよね。うちの国で焼かれると、必ず誰か怒って、喧嘩になるし……」

「はい。竜王陛下、焼かれるの、嫌です」


ディアナ中に何枚も竜王陛下の肖像画はあって、古くなった推し様のポスターのごとく、日々廃棄もされるだろうが、邪神扱いされて悪く言われて目の前で焼かれるはひどすぎる。


「広場を掃除する人が可哀想だったかな……やっぱり水にするべきだったか……」


水の神様の末裔の王子様は、花だらけになった広場を見て、ちょっと反省していた。


広場の子供たちは、花びらを投げ合って、喜んでいたけれど。

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